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『サイン・☮・ザ・タイムズ』から公開が始まった未発表曲等

基本はプリンス、加えてチャイルディッシュ・ガンビーノや女王蜂アヴちゃん(一瞬「パプリカ」)も)

 はじめに:
 本音楽文は、9月25日に発売されるPRinCeの最高傑作アルバムと名高いSIGN ”☮” THe TimESのSuper Deluxe Editionに関するものだ。スーパー・デラックス・エディションは、CDでは8枚、LPレコードでは13枚組になり、音源だけでも92曲、うち未発表トラックが63曲に及ぶ(別途ライヴDVD付!)のことだ。
 そこで現時点で遺産管理財団によって先行公開(YouTube、Apple Music、Spotify等)されている曲、あるいは過去にプリンスのNPG Music Clubやプリンス自身によって別テイクが発表済の5曲(テイク違い含むと全6トラック)について書いてみた。しかし、それらの曲を聴いたことがなく、まっさらな耳で未発表曲を楽しみたい方はアルバムを堪能した9月25日以降に思い出してお読みいただければ幸いだ。

 今回書くのは以下の6トラック。CDの何枚目かと、何曲目[M-●]かを書き添えた。
(1) CD4[M-1] I Could Never Take The Place Of Your Man (1979 version)
(2) CD4[M-9] Witness 4 The Prosecution (version 1)
(3) CD5[M-13] Witness 4 The Prosecution (version 2)
(4) CD6[M-3] Cosmic Day
(5) CD6[M-2] Rebirth Of The Flesh (with original outro)
(6) CD4[M-18] In A Large Room With No Light
 *あと、書き終える間際に追加公開された“Forever In My Life (Early Vocal Run- Through)”も最後に数行触れている。
 
(1) CD4[M-1] I Could Never Take The Place Of Your Man (1979 version)
 1987年のオリジナル・アルバムにも収録されていたこの曲が、1979年に既にレコーディングされていたというのは驚きだった。確かに1987年に聴いた時に、“When You Were Mine”(1980年発表作品)に似たタイプの曲だな、とは思っていた。“When You Were Mine”はアルバムではファルセットで歌われていたが、例えば1989年の来日公演等でもライヴでは地声で歌われており、より近い雰囲気と思わされた経緯があった。でもだからこそ、実際にこんなに近い時期に作られていたとは思っていなかったのだ。今回のような種明かしをしてもらえると、あぁ類似曲だから最初のレコーディング時には裏声と地声で歌い分け、でも結局同時期には発表しなかったんだろうな、というプリンスの意向が分かった気がする。また、「しかるべき時期が来るまで寝かせておく」というのも大正解だったと思う。すっかり術中にはまってしまっていたもの。1987 Versionがすっかり耳に馴染んでいる人にとっては、1979 Versionの歌詞の最後の大どんでん返しに耳を疑うのではなかろうか。私も呆気にとられた口だ。

 この1979 Versionを聴いて改めて思うのが、1987 Versionのアレンジの秀逸さだ。ゴージャス感が半端ない。勿論、ド派手でゴージャスな方よりも、ちょっとチープなポップン・ロック(えっ?!プリンスさん、イントロでは手風琴か何か弾いてらっしゃるんですか?)と言った趣の方が好きかも、という人も居るだろう。1979 Versionは独りでレコーディングしたけど、1987 Versionはバンドで録ったんだよと言われたら全然信じる。しかしながら、ライヴ映画『サイン・☮・ザ・タイムズ』におけるバンド・メンバーとの演奏は更にその上を行く。オフィシャルのミュージック・ビデオはパワフルなシーラ・Eのドラムにドクター・フィンクのキーボード演奏が重なり、リー・ヴァイ・シーサー・Jr.のベースと、ボニー・ボイヤーのアルバム音源では聴けないご機嫌なピアノ・メロディーが響く。更にゴージャスさを増すのはプリンスの掛け声と共に始まるエリック・リーズとアトラント・ブリスのホーン隊だ。当時シングル・カットされた際に公開されたミュージック・ビデオでもプリンスがくるくる回りながら自由にギターを弾きこなす様がある程度映った後にいきなり終わるが、映画版の映像ではその続きを観ることができる。その続きで観ることができる焦らしを挟んでの最後の吹っ切れ方こそがプリンスだ。
 “No One Could Never Take The Place Of My Prince”なのだ。
 
(2) CD4[M-9] Witness 4 The Prosecution (version 1)
(3) CD5[M-13] Witness 4 The Prosecution (version 2)
 こちらの2曲は同曲別テイクが既に公開済み。タイトルを直訳すると「検察側証人」で、アガサ・クリスティー原作のビリー・ワイルダー監督映画『情婦』の原題と同じだ。サウンドもヴォーカル・テイクも違う2曲で、歌詞もイントロ部分や後半部分でversion 2の方がヒントが多いが、「情事における憎悪の検察側証人」プリンスの立ち位置が何やら怪しげで、混乱してしまっている私だ。でも、言っていることがいよいよ破綻してしまっている2曲目の(心が壊れている)主人公のキャラの方が「怖い...」とは思う。

 モワモワと始まる(version 1) は、1つ目のヴァースに入る時にまるでKC & ザ・サンシャイン・バンドの“That's The Way (I Like It)”の回転数を下げたようなフレーズが入ってくるのが印象的だ。だがパーティー感はあまりなく、ファンキーというよりも、所々で飛び交うギターが寧ろ不穏な感じを増長している。 (version 2)で構成楽器をギターだけに絞った先のフレーズはテンポが上げられてより“That's The Way ”感が強くなる。そして、(version 1)には無かった特徴的なドラム・ビートが『ザ・ブラック・アルバム』の“Bob George”を想い出させて、ファンキー度が増している。「Electric Chair」なんて将来『バットマン』の収録曲につながる単語も登場する。

 それと2020年の今に聴くからこその感慨だが、(version 2)のみに出て来るマリンバのような音色は、2年前の春に衝撃的なミュージック・ビデオ“This Is America”を発表したチャイルディッシュ・ガンビーノが同年夏に発表した“Summertime Magic”での音色を想い出してしまう。チャイルディッシュ・ガンビーノ(本名:ドナルド・グローヴァー/チャイルディッシュ・ガンビーノはWu Nameから取った音楽活動時の名前)が今年の春突然リリースしたアルバム『3.15.20』は、各種配信開始前に突然「donaldgloverpresents.com」が立ち上がり、アルバム音源がループで流れたり、暴動を想起させるカヴァー・アート【※まだ、MPLSの悲劇が起こる前のことだ】が真っ白なホームページに掲載されたり、下の方に入力可能な謎のテキスト・ボックスがあったりした(私は何の気なしに「PRINCE4EVER」と打ち込んで送ってみた)。その後、同サイトには彼からの「手紙」が掲載され、そこにはこんな一文があった。話が逸れているのは自覚しているが、興味深い部分について少し長めの抜粋引用をさせて欲しい。…力不足ではあるが訳させてもらう(誤訳あったら失礼/ダブルミーニング、トリプルミーニングの可能性は多分にあるが一意で訳します)。繰り返しになるが、これはミネアポリスでジョージ・フロイド氏が亡くなる2カ月以上前に発表された作品に伴う「手紙」だ。

> 友達のすすめで預言者に会った。
> 彼女は僕を清め、3つの事を語った;
>
>    誰かが死ぬでしょう
>    貴方の頭上には星が輝いている
>    神の近くに居なさい
>
> それから、誰かが死んだ。そして僕のヴィジョンが明確になった。でも、
> 僕はそこに至ることが出来なかった。僕は自分自身のヴィジョンを感じた。
> それは、昔からいつだって十分に既にあったものだったんだ。
>
> 僕は預言者と以前とはまた違う形で会った。彼女は僕に尋ねた。
> 「貴方(U)は、どれくらいの間、人々は待っていられると思う?」
> 「彼らが必要とするだけの間?」
> 「彼らは永遠には待っていられないのよ。」
>
> ランチ後のダイニング・ルームのテーブルで、僕が他の人のために作られた料理の山
> を凝視していると、最年長の兄が「何を探しているんだ?」と僕に尋ねた。
>
> 僕は兄に、僕がプリンスに父に会って欲しいと頼んで、
> プリンスが自分は「いいよ」と言った夢について話した。
> (※訳者注:プリンス自身はドナルドの父に会わなくていいと言っている)
> 【※上3行の解釈を助けてくれた高校のクラスメートT氏ありがとう!】
>
> 僕は兄に、ストリートでみんなが叫び声をあげて互いを引っ掻き合っている夢を
> みたことを話した。そこでは僕は安全な場所への秘密の入り口を知っていたのに、
> それが何処なのかも何故安全なのかも思い出せなかった。

 これは一体何を意味するのだろうか?

 因みにアルバム『3.15.20』は、Childish Gambino名義では全12曲で発表されたが、並行して同じ作品がプリンスの『LOVESEXY』よろしく全曲の区切りを無くして57分44秒の1曲『3.15.20』としてDonald Glover Presents名義でも発表されている。あの2018年の衝撃作“This Is America”や“Summertime Magic”は収録されていないこのプロジェクトで、チャイルディッシュ・ガンビーノは、時代を予見し、憂い、残されている時間が少ないことを警告し、愛とSEXを、世界の不条理を、最愛の人を、マイケル・ジャクソンを、(軽快に)ドラッグを、愛する人が居なくなってしまった自分の存在意義を、地球温暖化を、暴力そして家族と自尊心を歌っている。

 さて、逸れた話を戻す。“Witness 4 The Prosecution”は、恋愛法廷モノ(後に私の大好きなバラード“Eye Hate U”(1995年作品)で花開く)であり、「罪」が重要なファクターであり、Love/Hate(愛/憎しみ)曲であり、次項目でもチラと登場するが恋愛における“Strange Relation”(奇妙な関係)を扱ったものであり、当初ウェンディ&リサにスザンナが参加していたversion 1を独り(+サックスのエリック・リーズ)で録り直してversion 2にしたり【レコーディング参加者の参照先:PrinceVault(ウェブサイト)】、というプリンス曲であり、両者の「演奏」と「歌詞」の違いを聴き比べるのも興味深い。歌詞は怖いけど。それに、version 2のやたらテキパキした口調のメロディー部分の歌い出しの方が、かえって「こいつ、イカレテやがる」という怖ろしさがある。
 
(4) CD6[M-3] Cosmic Day
 この曲は一聴した時、まずイントロのドラム・パターンで同アルバムだと“Strange Relationship”、あるいはプリンスがプロデュースしたアルバムで言えばザ・ファミリーの1985年作品“Desire”の早回し版みたいなイメージが浮かんだのだが、すぐに被さってくるのはもっと陽気なリズムとメロディー。明らかに普段と歌い方を変えているプリンスの声が出て来てすぐ頭に浮かんだのは、あるアーティスト。その後に居間のテレビのYouTubeで子供達に聴かせて「誰か思い浮かぶ人いない?」と尋ねてみると、「カイリー・ミノーグ?」と息子、娘はしばらく考えた後「女王蜂?」とのこと。私的には、娘が言った「女王蜂」だった。ヴォーカルが、アヴちゃんっぽいと思ったのだ。

 私が初めて女王蜂を観たのは、娘と一緒に行った2012年3月11日の『モテキナイトFINAL』。期待を裏切らないステージだった。曲と言うよりパフォーマンス自体にあてられて、涙が出てしまった。アヴちゃんの、あの咆哮を支えるため、観客には目もくれずに全力で演奏を続けるギター&ベース。鬼のような形相でアヴちゃんを凝視しながら叩き続けるドラマー(アヴちゃん実妹とは後日知った)。「初めてみるお嬢ちゃん、お坊ちゃんもいらっしゃると思うけど。生で観ると上がるわよ~っ!あげぽよにしてあげるわっ!」という言葉に違わぬものだった。
 翌年はやはり関連イベントライブ『モテキナイツvol.2』で、トリを務めた朋友であるN’夙川BOYSのステージの最後の曲“Theシーン”に「友達」としてアヴちゃんが黒&紫のブラの上に夙川Tシャツを纏って颯爽と登場!プリンスがレコード会社と喧嘩していた時に頬に「SLAVE」と書いていたようなタッチで、でも意味は180度違う「夙川」と書いた左頬をアピール。観客席も沸騰。私も最前近くで、アヴちゃん歌いだしの付近で両腕突き上げたら、眉をこれでもかと描いたメイクのアヴちゃんにとても素敵に笑いかけてもらった!因みにアヴちゃん、顔の造作はプリンスが(そして私も)大好きなLianne La Havasに似ていると思う。特にUnstoppableのミュージック・ビデオでの彼女に。曲後半ではLIQUIDROOMの観客の中に作ったサークルにメンバー3人とアヴちゃんが降りてきてくれ、尚更印象深い夜となった。
 アヴちゃんとプリンス絡みでもう1つだけ書いておきたいのは、2017年3月に放送された『せいこうユースケトーク!』に大森靖子さんとアヴちゃんが一緒に出た時のこと。かなりの濃密トークの後、大森靖子さんがピアノ、アヴちゃんが歌でリハ無し即興演奏を繰り広げていた。その完成度に感激して私は結構あっけにとられていた(いとうせいこうさんもユースケ・サンタマリアさんもそうだった)のだが、その番組最後に流れたのがプリンスの“The Holy River”(聖なる河)だった。涙が流れそうになった。世代的に今だと安直に使うには抵抗がある言葉だが、「尊い」っていうのはこういう時に使うんだな、などと強く思ったのを覚えている。

 さて、またプリンスに話を戻そう。“Cosmic Day”は、ファンタジー要素満載の歌詞の内容自体もあげぽよモード、いやちょっと違うな、マーメイド・モードか?のアヴちゃんが歌ってもおかしくないようなハッピー・オーラ溢れる曲だ。裏版“Play In The Sunshine”なんて言い方をしても良いかもしれない。そのタイトルや歌詞やヴォーカルのせいか「夜」(or「昼も夜も」)を感じさせ、また「多様性」を感じさせる曲となっている。

 以上3曲4テイクが既にスーパー・デラックス・エディションから先行公開になっており、Apple Musicでは一部を除き歌詞も読むことができる。


(5) CD6[M-2] Rebirth Of The Flesh (with original outro)
 この曲のこのテイクは未だ公開になっていないが、別テイクが正式に発表になった事がある。プリンスのオフィシャル・ファンクラブ:NPGMCで2001年8月に「Rebirth Of The Flesh (Rehearsal '88)」が配信されたのだ。
 ノリの良いファンクで、そのリハーサル・テイクだと曲の冒頭に「最後の曲だ。いいか?いいか?OK」なんてプリンスの声も聴くことができた。その少し後にバンド・メンバーが日本語で「ドモアリガト・ドモアリガト」なんて言っているので、最初に聴いた時は「えっ?日本でやったリハーサル?」とか思ったが、来日公演は1989年なのでそういうわけではなかったようだ。折角日本語まで入れてリハしたんだから、この曲も来日公演のどこかでやって欲しかったなぁ。
 というのも、これは2001年当時に我が家で相当な人気曲だったからだ。曲はアルバム先行シングル“Sign ☮ The Times”のB面曲となった“La, La, La, He, He, Hee”で使われたドギーな(犬の鳴き声っぽい)サンプル音で始まり、この曲独特のグルーヴを作り出すちょっとタメのあるギターとプリンスならではのシャウトが続き、更にはリズム・ギターが重ねられてくる。歌詞には「Kick drum pounds on the 2 and 4/All the party people get on the floor」という、後の“Escape”(1988年のアルバム『LOVESEXY』からのシングル“Glam Slam”のB面曲)冒頭に登場する「Snare drum pounds on the 2 and 4/All the party people get on the floor」のスネアをキックに言い換えた歌詞が出て来るし、「We r here, where r U?」という晩年にライヴの際にプリンスが良く使ったフレーズ(もしくはその原型)も出て来る。何といってもパンチがあるのが、サビの「♪ラーラ・ラーラ・ラーラ・ソリア・コリア♪(ヘイ!)」というラインだ。先日十数年振りに(いや、もしかしたら数年毎に思い出した様に無茶ぶりしてきたかもしれないが)、洗濯物を干しながら娘に突然「♪ラーラ・ラーラ・ラーラ・ソリア・コリア♪」と歌いかけてみたら、バッチリのタイミングで「ヘイ!」とレスポンスがあった。
 これは単なる仮説だが、この曲独特のグルーヴが日本人の我々の身体に妙にしっくりしたのかもしれない。妻、私、娘、息子で、この曲でワン・ルーム・ディスコと化して踊っていた我が家は、ちょっとした盆踊りの様相だった。日本人に血肉化した、パタリロの「♪だーれが殺したクック ロビン♪」(「クックロビン音頭」)の振り付けも飛び出していたように思う。そもそも比較するものでもないが、原曲のマザーグースの童謡“Who Killed Cock Robin?”よりもよっぽど「クックロビン音頭」の方に近いグルーヴだ。

 また毎度お馴染みの脱線をするが、2018年のFoorinによるヴァージョンを始めとして昨今では珍しい国民的なヒット曲となり、米津玄師さんのセルフカバーも大いに盛り上がった「パプリカ」は、広い世代に支持された理由の一つとして使用されている「ヨナ抜き音階」が日本人に愛されるからだという分析があった。ピンとくる方は一瞬でピンとくるのだろうが、私は何となくわかったような気もしつつ、今一つわかりきれていないという認識もあった。私が「パプリカ」を聴いて、そしてその後に大ブレイクするのを見ていて思ったのは、NHK『みんなのうた』の歌が大ヒットするには、やはり購買層(『みんなのうた』を実際に満喫している子供達の父母や祖父母)の心にも響かなければいけないということ。その点「パプリカ」は、老若男女に愛された『魔法使いサリー』のオープニング・テーマ「♪マハリークマハーリタ・ヤバラヤンヤンヤン♪」を想い起させるメロディーが、購買層の心にもクリティカルヒットしたのではないかということだ。
 脱線失礼しました。因みに、“Rebirth Of The Flesh”(や「クックロビン音頭」)が「ヨナ抜き音階」かどうかは、私にはわからない。というか雰囲気的には違う気がするが、この曲に関わらずプリンスが無意識のうちにそういった「ヨナ抜き音階」曲群も作っていたら面白いな、とは思う。
 
(6) CD4[M-18] In A Large Room With No Light
 今年の初頭か昨年、子供部屋から突然「♪シャンラ・ランラ・ランラ・ララー・シャララ・ランラ・ラララー♪シャララ・ランラ・ラララー♪」と息子の声が聴こえてきて、しばらくの間「あっ、プリンスの曲だ。なのに何で曲名がすっと出て来ない?あいつが口ずさめるというのに!」と偉く焦って探し回ったことがある。息子にもすぐ確認したのだが、「いや俺、曲名とかわかんないし」とのこと。蔵出し作品集『クリスタル・ボール』収録だったかな?いや、NPGMC配信曲か?とか、結構バタついたのだが、「あっ!」と思って検索して確認したのがこの曲だ。

 2009年のモントルー・ジャズ・フェスティバル(スイス)にプリンスが出演するにあたり、フェスのウェブサイトが事前にこの曲の音源を正式に公開したことがあった。当時頻繁にPCで流していたので、息子も気に入ったのだろう。どうりでオフィシャルCDやNPGMC音源をチェックしても見つからないはずだ。2009年の公開に当たってはリレコーディングされたようだが、ジャジーでスムースな展開の中で、子供(当時10歳)にも耳に残るキャッチーなメロディーは健在だ。だが、爽やかな演奏と比べてその歌詞はなかなかに厳しい。

 まず曲のタイトルは「Did U ever feel that life was like lookin' 4 a penny in a large room with no light」(人生とは灯りのないだだっ広い部屋の中で1ペンス硬貨を探し求めているようなものだと感じたことは無いかい?)の後半から来ている。
 
 私のプリンス・ノイローゼの一症状から来る解釈なのかもしれないが、1つ目のヴァースで歌われているのはイラン・イラク戦争への言及とも思えるし、それらに続いて行くストーリーも、同調圧力や搾取のシステム、やるせない日常などへの言及だ。歌詞に登場する「Welcome 2 the rat race」のラット・レースというのは、回し車の中でクルクル走り続けるネズミの様子を表していて、石川啄木の『一握の砂』でいう「働けど 働けど猶 わが生活 楽にならざり ぢつと手を見る」の様な状況を思わせる。アルバム『サイン・☮・ザ・タイムズ』が社会的なアルバムと評価されることがあるのは、インパクト大なタイトル曲の歌詞によるところが大きいが、もしもこの曲が収録されていたら内実共にその辺を補強することにもなっていたことだろう。エンディングにある「歴史から学ぶことが出来たなら、人生は上手くいくかも、それまでは君は灯りのないだだっ広い部屋の中で1ペンス硬貨を探し求めることになる」というのもなかなか手厳しい。こういった歌詞が、今回発表されるヴァージョンが作られた当時にも、そしてリレコーディング版が公開された2009年にも、更には現在にだって通じてしまうところが何とも言えない。最初のヴァージョンも心して聴きたいと思う。
 
 。。。。。。。で、そうこうしているうちに、追加で“Forever In My Life (Early Vocal Run- Through)”の公開が始まった。いい加減字数も既にアレなんで、少しだけ触れさせてもらう。
 従来のアレンジや歌い方では、「お前みたいな女と会っちまったからには、モテ男の俺もそろそろ年貢の納め時だな、フッ。求愛させてもらうぜ」みたいな、熱烈な中にもちょっとした哀愁曲の印象があったが、今回初聴したこの曲は「いっぱいちゅき」という多幸感溢れるものとなっている。私だったら、今回のヴァージョンでプロボーズして欲しい(orしたい)な。

 えっと、、、アルバム『サイン・☮・ザ・タイムズ』だけでもまだ言及していない未発表モノが、あと56トラックくらいあるんでしたっけ?

 おしまい
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