4109 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

エレファントカシマシ 

ー 新たなる自己肯定の道へ ー

「探してる 今も探し歩いてゐる すまねえ魂」
「今あるこの自分が俺の全てだなんて思ひたくはなかった」  ―『すまねえ魂』

 2005年ツアーで聴いたが、何故か心を素通りした。当時の私は、仕事・趣味・恋愛と順風満帆であった。充実した日々に音楽を聴く時間は割けず、1997年から大好きであったエレカシであるにも関わらず、触れる機会は次第に少なくなっていった。

 同じ曲に再び出会ったのは、2010新春。宮本氏の身を悶え呻くかのようなパフォーマンスと歌声に、心揺さぶられた。己に満足できず苦悩するかのような姿は、未だ脳裏に焼き付いている程だ。
 取り組んだだけすぐに答えが出ず、終わりの見えない仕事に疲弊し、余裕もなく、仕事以外はシャットアウト。身体症状にも出始め、後で思えば鬱手前だったかもしれない。
 恋人と会うのも億劫になった生活の中で、エレカシだけに救いを求めた。アルバム『俺の道』『町を見下ろす丘』をMDに録音し、聴き続けた。特に体を起こせない朝、『甘き絶望』『すまねえ魂』『シグナル』でエネルギーを貯え、根性で出勤し続けた。

「足りない何かを探してた 心の中に今の自分を描く旅」     ―『甘き絶望』

「今あるこの自分が俺の全てだなんて思ひたくはなかった」  ―『すまねえ魂』

「あのころキミは もとめつづけ 遠くばかりみてゐた。」   ―『シグナル』

 美しいメロディにのせられて届く詞に、宮本氏がどれ程まで沈鬱な気持ちで、自分への不甲斐なさやあせりを表したのかと思いを馳せた。「もっと自分はできるはずだ」「努力すべきだ」と、不満だらけの自分の姿と重なった。私の求めるもののみを提供し、心に寄り添ってくれたのは、エレカシだけであった。

 以来10年間、そのときのMDはプレイヤーにずっと入れたままだ。その間、職場での配置換えが叶いキャパオーバーから抜け出し、結婚、育休、仕事復帰を経ても、私のテーマ曲であり続けた。
   
 文学への造詣の深い宮本氏が、荷風、鴎外、漱石を敬愛し作品に没頭されるように、私もエレカシの歴史や作品に浸り、辿ることを趣味のひとつとしている。
 この夏、改めて『俺の道』『風』『町を見下ろす丘』の歌詞カードや、書籍『俺たちの明日(上巻)』をじっくりと読み深めた。「丘とは、宮本氏が育った赤羽台団地のことだろうか」とつまらぬ想像を巡らしたり、(他の資料から、氏が当時住んでいた住まいが高台にあったためで、赤羽の「丘」ではないと判明)、「歌係に徹してレコーディングしたんだ、なるほど」などと背景を知ったりして楽しんでいた。
 そのうちネット上で、宮本氏が『町を見下ろす丘』の一曲一曲を解説した資料に巡り合った。(インタビュー/文責:神谷弘一)

「アルバムのテーマが、どうしようもないのは当たり前だぜってものでさ。」
「お前もういいよって、お前の魂が生きてんじゃねえか、
 (中略)もうお前のこと大事にしてやるよと。(中略)
 これしかないんだもの、この身体しか。」

 2010新春の衝撃から10年経過し、『町を見下ろす丘』のテーマは、「自己肯定」や「希望」であったことにようやく気付いたのであった。

「闇の彼方にに初めて見えるおぼろな光 希望」        ―『甘き絶望』

「今はもうまよはずに行けるさ 
 悲しみの月日があらたな歴史のシグナル
 いまからはじまる未来のあなたのシグナル」          ―『シグナル』

 どんなに不甲斐なく限界のある自分でも、己のまるごとを受け入れ前に進んでいく。まさしく「自己肯定」。歌詞を丁寧に辿れば解釈できたはずのことが、10年前の私にはできなかった。
 2010新春での、『すまねえ魂』1曲のパフォーマンスは、私にとって、『町を見下ろす丘』アルバム全体の印象を決定づけてしまうほどの影響力であった。当時の自分の境遇、歪なフィルターによるものの見方や捉え方のせいで、アルバムの根底にある肯定や希望が、あきらめや絶望に塗り替えられて届いていたのだった。
 10年間プレイヤーに入れっぱなしのMD。この10年、私が探し、訪ね、探し歩いて来たのは、自分自身、自分の特性や限界を知った上での「肯定」であったのかもしれない。

「今はもうまよはずに行けるさ」               ―『シグナル』

 肩の力を抜いてそう思える自分が、10年かけて形成された。
   
 以前インタビュー記事で、宮本氏が「猫っ可愛がりなくらい、愛情を受けて育った」ことや、「売れない頃、母親が『大丈夫、あなたは大器晩成だもの』と言い続けてくれた」というエピソードを読んだことがある。
 心理学的なものでいうと「レジリエンス(折れない心)」、教育経済学的なものでいうと「非認知能力(自制心、やりぬく力、社会性など)」になるであろうか。家庭のエピソードから、宮本氏が乳幼児期~青年期に両親から愛情をたっぷり注がれ認められてきた体験が、ゆるぎのない自己肯定、そのうえでの人格形成をなしているのではないかと、私は受け止めている。  

 宮本浩次氏のお人柄の一端を伝えられればと、このことも記しておこう。偶然、道端で宮本氏を見掛け、恐れ多くも話し掛けたことがある。折しもソロライブ配信発表の一週間前のことであった。一緒に連れていた6歳の息子が「お母さん、誰?」と尋ねるので宮本さんと教えると、宮本氏が息子に「こんにちは」と、それはそれは丁寧に優しい声を掛けてくださったのである。恥ずかしがり屋の息子なので、ごあいさつを返せず申し訳なかった。世の中にこんなにも美しい「こんにちは」のあいさつがあるのかと驚くくらい、心のこめられた一言であった。また、子どもだてらの対応をされないことにも心打たれた。宮本氏、この方の美しさは、内面から滲み出ている美しさなのだと確信した出来事であった。
  
 宮本浩次氏から紡がれる、美しく、肯定や希望に満ち溢れた詞の数々!!!
 優しく、力強く、豊かに響く、メロディと歌声!!!
 
「陽だまりも宇宙も 悲しみも喜びも
 全部この胸に抱きしめて駆け抜けたヒーロー
 それが俺さ 嘘じゃないさ」                -『RAINBOW』

「流れゆく流れさる時と共に 俺は何度でも生まれ変わる
 俺は今を生きてゆく 憧れの憧れの向こう 夢の向こう  
 新しい今の俺が目覚めたのさ
 今の俺に相応しい最高を 探してる」              -『自由』

「信じてみようぜ自分 ゆくしかないなら today
please (中略) 強くもなく弱くもなく まんまゆけ」   -『ハレルヤ』

 アルバム『町を見下ろす丘』以降の詞を改めて読んでみて、私から見ると表面上は低迷期、混迷期に見えた時期であったとしても、ゆるぎのない自己肯定の楽曲を、宮本氏は、そしてエレファントカシマシは、いつだって世に送り出し、私たちに届け続けてくれていたことに、今さらながらに気付いたのである。
   
 JAPAN10月号インタビューにおいて、コロナ渦での31年目に日比谷野音を目前に、「バンドならでは・・」「あの人たち・・・」との宮本氏の言葉には、バンドとメンバーを正面から肯定している様がうかがえた。
 コロナ渦による困難な状況に打ち勝ち、野音を無事に成功させた後には、きっと、バンドであること、付随することの全てを肯定して、「エレファントカシマシ」が唯一無二の存在であることを自覚するであろう。そして、エレファントカシマシは新たなステージに立ち、さらなる頂きを目指すことであろう。

 これからも私は、エレファントカシマシのメロディの美しさ、4人の佇まいと関係性の美しさ、歌声、表現力、パフォーマンスに魅了され続けるであろう。今、自分を肯定した上で受け止める「エレファントカシマシ」が、どのような世界に私を誘ってくれるのか楽しみでならない。
 まずは、コロナ渦で厳戒態勢のなか開催される日比谷野音の無事なる成功を、切に切にと、祈っている。
  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい