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僕はジョン・レノンと同じものを持っている

父から息子へ 〜僕のビューティフル・ボーイへ〜

2020年も終わりに近づいてきた。
とりわけジョン・レノンという人にとって、このディケイドは必ず何かしらの節目に当たる。2020年の今年は「生誕80周年」「ビートルズ解散から50年」「没後40年」というように。
ジョンの誕生日でもある10月9日からは六本木で展覧会が開催されていたり、新たなベストアルバムの発売、映画の劇場公開など、こういった動きも含めて今年がいかに特別な年であるかがうかがえる。
 
僕も最近、久しぶりにジョン・レノンの作品を聴き返している。もちろん前述の「○○周年」を意識しての事もあるが、もうひとつ大きな理由がある。
 
息子が5歳になった。
 
1980年12月8日、ジョンは凶弾に倒れた。
自宅の前で…
妻ヨーコの目の前で…
その時、息子のショーンは5歳だった。
 
ファンにとっては言わずもがなすぎる有名エピソードだが、念のため、晩年のジョン・レノンについて簡単に説明しておく。

息子ショーンが生まれてからの5年間、ジョンは専業主夫だった。それまでしてきた音楽活動をあっさりと停止し、慣れない家事全般を担い、幼いショーンを育てる事に没頭したと言われている。
そこにいたのはただの子煩悩な父親でしかなく、ある日ジョンはショーンに「お父さんってビートルズだったの?」と聞かれたというエピソードも残されている。

1980年、5年に及んだ主夫生活を終え、ジョンは音楽業界にカムバックする事となる。
妻ヨーコとともに作り上げたアルバム『ダブル・ファンタジー』は素晴らしく、音楽家として間違いなく再びの黄金期を迎えるはずだった。
ジョンが40年の生涯を終えたのは、そのアルバムがリリースされた翌月の事だった。
 
ジョンは自分が死んでしまったと知った時、本当に悔しかったと思う。
「もう音楽を作れない」という事に対してではなく、「もう息子に会えない」という事が。

「あれだけの伝説を作ったんだから悔いはないでしょ?」と言う人もいるけれど、父親としてのジョンはまだまだこれからだった。何ひとつ成し遂げてはいなかった。
 
『ビューティフル・ボーイ』という曲がある。生前のラストアルバムとなった『ダブル・ファンタジー』に収録されている曲だから、最も晩年の作品にあたる。最愛の息子ショーンの成長を見守り、幸せを願う、ひとりの父親としてのジョンの気持ちが素直に歌われている曲だ。
僕が10代の時も「いい曲だ」とは思っていたが、今になって聴き返してみると、ひときわグッとくる。
80年代(ジョンにとっての80年代はたったの1年だったけれど)、ジョンは父親として、ありふれた家族の中の一員としての視点で描いた歌をいくつも残した。主夫生活を経て、ジョンの歌は明らかに変わった。「丸くなった」とか「守りに入った」とか、そういう事ではなく、自分の中での「一番大切なもの」が変わったのだと思う。

ジョンは本当に正直な人だった。自分にも他人にも嘘がつけない。だからどうしてもそれが歌に投影されてしまう。
かつては、ある意味で過激な反戦運動家としての一面も持ち、そのせいでFBIにもマークされてしまっていたジョン。でも「世界平和」こそが一番大切な、最も伝えたい事だと心底思っていたからこそ『平和を我等に』で歌われているメッセージには嘘がないし、結果的に人の心を打つ。

ジョンは「愛する家族」と「そのありふれた日常」を両手に抱え、「これが今一番伝えたい事なんだ」と言わんばかりにミュージックシーンの最前線に戻って来た。
尖りまくっていた頃のジョンの音楽が好きな人にとっては、物足りないかもしれない。つまらないかもしれない。でも今この『ビューティフル・ボーイ』という曲が、どこにでもいる平々凡々な父親である僕の心を、確かに打っている。
地位も名声も、全て手にした稀代のロックスターの気持ちは少しもわからないが、我が子を全身全霊で愛するひとりの父親の気持ちなら、わかり過ぎる程わかる。
 
〝Close your eyes
 Have no fear
 The monsters gone,he's on the run
 And your daddy's here

 Beautiful, beautiful, beautiful
 Beautiful boy〟

『ビューティフル・ボーイ』の冒頭のくだりは、僕が訳すならこんな感じだろうか。

《目を閉じて
 もう怖くない
 オバケなんてないさ
 もうどこかへ行っちゃった
 いるのはお父さんだよ

 かわいい、かわいい、かわいい、
 かわいい息子》

思わず「かわいい」と口走ってしまう愛おしさが表現されていて、こっちまでニヤけてしまう。

そしてこの曲の中盤あたりには、僕が個人的にとても好きなくだりがある。

〝Out on the ocean sailing away
 I can hardly wait
 To see you to come of age
 But I guess we'll both
 Just have to be patient
 It's a long way to go
 A hard row to hoe
 Yes it's a long way to go〟

この部分。
ジョンはショーンを船乗りにさせたいわけではないと思うから〝Out on the ocean sailing away〟は、いつか「大人社会に出て行く」とか「自立する」という事を意味しているのは間違いないと思う。

ジョンはいつも「一番大切なもの」を歌にしてきた。
この『ビューティフル・ボーイ』という曲も、ともすればただの親バカソングになりかねない。
だけどこの部分がある事によって、なんだかそれだけでは終わらない魅力を纏っているような気がする。
そして僕はこの部分にこそジョンが一番伝えたいメッセージがあって、同時に、歌詞には描かれていない「その先」「その奥」を感じ取らずにはいられなかった。
僕が同じ歳の息子を持つ父親だからだろうか。

だから非常におこがましいけど、自分なりに「解釈」してみたいと思った。
「翻訳」ではなく、これはあくまでも「解釈」である。だから寛大な目で見てほしい。

よく「月の光」と言うけれど、月は自ら光を発してはいない。太陽からの光を反射して輝いている。
僕がこれからする事も反射だ。
ジョン・レノンという太陽から発せられたメッセージを、僕という月が反射させて、僕なりの光に変えて届ける。
そしてこれを、ジョン・レノンから僕へ、僕から息子へのメッセージとして送りたいと思う。

僕のビューティフル・ボーイへ。
 
《いつか船出の時を迎える
 君がそんな歳になるのが待ち遠しいけど
 このままずっと
 かわいい子供のままでって思ったりもする
 
 君がいつか旅立つ海は
 美しくて 汚くて
 楽しくて 苦しくて
 一筋縄ではいかないところ
 今度はオバケだって出るかもしれない
 
 でもその船に
 お父さんとお母さんは乗れない

 その船は 君にしか見えない
 その船には 君のカタチした椅子がひとつあるだけ
 
 そう…
 その船は 君自身
 その海は 君の人生》
 
この後は、

〝But in the meantime
 
 Before you cross the street
 Take my hand
 Life is what happens to you
 While you're busy making other plans〟
 
《でも今はまだ…
 
 通りを渡る時は
 お父さんと手をつなぐんだ
 人生には予期せぬ事が起きるから
 君が何かに夢中になってる時には特にね》

と続く。

その「予期せぬ事」がジョン自身に起こってしまうとは、なんともやりきれない。
 
実の両親に育てられなかったジョン。
前妻との息子ジュリアンを上手く愛せなかったジョン。
人として欠陥だらけだったけど、憎めない男ジョン。

ミュージシャンとして頂点を極めた男が最後に掴んだ、気付いた、平凡でも最高の幸せ。
そこへの辿り着き方は全然違うけれど、僕も同じものを持っている。それがいかにかけがえのないもであるかも知っている。

「ジョン・レノンと同じものを、僕も持っている」

今はそれが、たまらなく誇らしかったりする。
 
※ジョン・レノン作品からの引用:『』内は曲名およびアルバム名、〝〟内は歌詞原文、《》内は筆者による意訳および解釈です。


講評
ジョン・レノン生誕80年という記念すべき年に、ジョンと自身を重ね合わせることで、現在開催中の展覧会「ダブル・ファンタジー ジョン&ヨーコ」でも浮き彫りになったそのアーティスト性と人間性を改めて伝えてくれた文章です。“ビューティフル・ボーイ”を、投稿者の視点で解釈し、意訳することで、見えてくる晩年の等身大のジョンの姿。伝説の偉人と語られているジョンを、いち個人の立場から、共感できる存在として捉えることで、新鮮な印象を読者に与えました。
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