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2020年、初めてレコードを買った日

大貫妙子「SUNSHOWER」43年の時を超えた音楽

京都は雨が降っていて、四条通りは閑散としていた。河原町のレコード屋は、埃臭くて、空気が悪く、すぐに喉が痛くなった。初めてレコード屋に入ったことを悟られるのが恥ずかしくて、入り口にあった「今月の新入荷」に手をかけた。聞いたこともないアーティスト、見たこともないジャケット。改めて自分の不勉強さとレコード探しの難しさを知った。

City popは1970-1980年代に流行したJ-POPの1ジャンルである。近年では、若者の間で80’sアイドルならびに、City pop音楽が再認識され、世界でも日本のレコードを集める人が増えている。音楽好きの学生が集まる海外ネットサーバでは、80年代当時の音楽好きがそうしたように「akina gang」「seiko gang」に分かれ、好きな昭和アイドルを紹介し合ったり、City pop専用のYouTube playlistを作成するといった活動を行なっている。僕はそんな彼らに影響された1人であり、大貫妙子さんに出会ったのも彼らのplaylistの中でのことであった。

濡れた足のまま5軒ほど回り、6軒目のレコード屋に到着した。もう河原町の通りを3往復もしたので、足はクタクタだったし、髪の毛も埃まみれだった。ここを最後にしよう――。
扉を開けると、店内は明るく、レコードは整えられていた。「J-POP classic」の欄をめくるたびに、見慣れたジャケットが次々と現れ、期待で胸が膨らむ。
  
「あった!!」

洗濯機のような窓の前で、腰に手当てているジーパン姿のジャケット。
間違いなく大貫妙子さんの「SUNSHOWER」!
ただし再販盤。

Amazonの2倍以上の値札であったが、迷いなくレジへ。ポイントカードも作ってもらった。
レコードの入ったビニール袋(有料)を右手に、地下鉄東西線へ乗り込む。大好きなレコードと一緒に電車に乗れることが何よりも誇らしい。行先は好きな音楽をかけてくれる小さなレコードバー。レコードプレーヤーなどもちろん持ち合わせていない僕にとって、そこがレコードを聴くための一番の近道であった。
  
「……ああ!この前の!」
店主は50歳後半で気さく。23になる若造と一緒に音楽を楽しんでくれる程の音楽好き。でもちょっと頑固。初めて店に遊びに行った時は、僕がCity pop好きということで土岐麻子さんの「SAFARI」をかけてくれた。

両手で抱えていたレコードを見せると、店主の表情は曇った。
「大貫妙子の......アルバムかぁ。聴いたことないわ。とりあえずかけてみよか。」
レコードの袋を破いて、ジャケットを開く。そこには2枚のレコードが入っていた。
「うーん、2枚組ってめずらしいなぁ。こっちでええか?」
店主は手慣れた手つきでレコードを取り出し、上手に針を落とす。
 
雑音。

無音。

楽器。

男性の声。

男性の声……?
 
驚いた。Apple Musicで聴くのとは全く異なる曲が流れ出した。大貫妙子さんの【Summer Connection】じゃない。誰かのカバーだ。騙された!やはり何も知らない若者がレコードを買うべきじゃなかった!そう思いはじめ、なんだか悲しい気持ちになった。

「......あ!!これ45回転やろ!」

僕の表情を見て、何かを悟ったのか、店主がボタンを1つ押すと、回転数が早くなった。
間違いない、【Summer Connection】だ!
「普通LPは33回転やけど、いい音で聴いてもらうために45回転にしてはるんや。やから2枚組やねんな。」
僕にはさっぱり何のことか分からなかったが、音楽がちゃんと聴けるとのことで安心した。
もう一度、針が落ちる。
    
音楽が聴こえる。

ドラム、
ペット、
ストリングス、
ギター、
ベース、
歌声。

最高のレコードプレーヤ、
最高のアンプ、
最高のスピーカー、
そして大好きなレコード。
 
「......そこの真ん中の席あるやろ?そこが一番音がええんや。お客さん誰もおらんし座り。」

良い音。胸がドキドキした。43年の時を超えて、まるで目の前で、すぐそこで演奏してくれている気がする。目を閉じれば、確信に変わる。

アルコールを片手に持った店主が隣に座った。ジャケットに入っていたバックバンドメンバーの写真を、テーブルに置かれたランプを頼りに見つめる。坂本龍一、細野晴臣、クリス・パーカー......。
「バックバンドが凄すぎる。なんじゃこれ。」
店主は一言そう言って目を閉じ、音楽に耳を澄ませた。
 
パーカッションと、フルートの音。【くすりをたくさん】、歌詞はよくよく聴いてみるとオーバードーズの歌。店主は歌詞を聴いてどう思うんだろう。
心地の良いリズムに包まれる店内。店主は左手でハイハット、右手でスネア、左足でバスのリズムを刻む。僕はこれを店主が気に入った音楽が流れた時にする仕草だと思っている。

不安気なイントロ。【何もいらない】。大貫妙子さんのなんとも言えない悲しい歌声。その中に優しさがたくさん詰まっている。ように感じる。
アウトロのギターソロ。今まで目を閉じていた店主が口を開く。「こんなギターありえへん。」
バンドを昔していた店主が言うのだから、本当にありえへんのやろな、と思う。
  
レコードを裏にして、SideBへ。
  
【都会】。
驚いた。Apple Musicで聴くのとは全く異なる曲が流れ出した。大貫妙子さんの【都会】。この曲は何百回も聴いた。だからすぐに違いが分かった。
僕には絶対に違いがわかる。
音圧が小さい。
イヤホンで聴くよりずっと小さい。
それなのに、聴こえないはずの音が聴こえる。
聴こえないはずの音楽が聴こえる。
それはドラムのゴーストノートでも、ボーカルのブレスでもなくて、なにか一つのうねり。個々を聴くと分からなくて、この真ん中の席で、目を閉じて、耳を澄まないと分からないもの。
シンセサイザーの音。
昔、お昼でやっている競馬のテレビBGMで聴く音。古い。
でも、めちゃくちゃ新しい。
2020年の今聴いても絶対にカッコいいし、こんな間奏は他のどの音楽でも聴いたことがない。
とにかく......カッコいい!!
 
静かに始まる【からっぽの椅子】。
店主が「これで歌がうまかったらなぁ。」と言ったけれども、僕は大貫妙子さん以上にこの伴奏に合う人はいないと思う。大貫妙子さんだからこそ、表現できる世界。絶対にそう。

(僕にとって)残念ながらこの後、他のお客さんが来てしまい、続きはお預けとなってしまった。レコードは店主に「店に置いてってよ。」とのことで回収された。

「SUNSHOWER」が色んな人から愛される理由。
それはバックバンドが豪華だ、とか、City popが人気だ、とかじゃなくて、2020年の僕らに何かを伝えようとしているからだと思う。その何かに心を動かされて、僕は今この文を書いている。文章なんて書いたことないし、楽器をしてるわけでもない、でも書きたい。書きたいと思った。僕の場合は大貫妙子さんだったのだけれども、好きなアーティストのレコードであれば、誰だってサブスクとは違う感動を味わえると思う。これを読んでくれた僕みたいな若い年の音楽好きが1人でも多くレコードを買ってくれたら、僕は仲間が増えて嬉しいなぁ、と偉そうに思う。

2020年、初めてレコードを買った日の日記。
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