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月と太陽が入れ替わる時

aikoと椎名林檎、それぞれの二面性

椎名林檎さんとaikoさん、このふたりのアーティストを、あえて雑(ざつ)に対比してみるならば、次のようなことになると思う。

月光に照らし出される妖艶な歌姫、椎名林檎さん。
陽光を浴びて煌めく明朗なシンガー、aikoさん。

ブレイクのきっかけとなった作品「だけ」を見るならば(それによって作られたはずの「大衆から期待される像」をイメージしてみるならば)椎名林檎さんが月、aikoさんが太陽ということになるかと考えられる。

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椎名林檎さんは出世作の「本能」で、こう歌う。

<<ずっと繋がれて 居たいわ>>
<<朝が来ない窓辺を 求めているの>>

ミュージックビデオは、白衣を着てガラスを蹴破るというセンセーショナルなものであるし、声調も攻撃的なものである。「朝が来ない窓辺」は、字義通りに解釈するならば「夜」そのものだし、椎名林檎さんの歌声は、その「夜」を裂くような、ミステリアスな響きを持っている。

aikoさんはヒット曲の「ボーイフレンド」で、このように歌う。

<<まつげの先に刺さった陽射しの上>>
<<大きな雲の中突き進もう>>

ミュージックビデオでは、赤い衣装を身に纏い、笑みを浮かべながら朗々と歌う。「陽射しの上」というのは、これまた言葉通りにとらえるなら「白昼」を指すのだろうし、aikoさんの放つ声は、その光のなかを突き抜けていくような、開放的なものである。

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両者とも自作曲を歌う、いわゆる「シンガーソングライター」であるし、来歴も似通っているようだし(同じコンテストに出場したこともあるらしい)、活動の華々しさ・充実ぶりも甲乙つけがたい。そういったふたりに「月と太陽」の役をあてがってしまえば、手っ取り早いし、話題性が生まれそうだし、なんだかんだで、その比喩は(ある程度)適切であるようにも思えてくる。

ただ、それぞれの楽曲を熱心に聴いてきた者からすると、むしろ「例外」に目を向けたくなるものであるし、その「例外」が本質を表しているように思えることさえあるのだ。椎名林檎さんが日の光の下、軽やかに笑うように歌う曲もあるし、aikoさんが月夜の影、屈折した感情を打ち明けるような作品もある。

夜に昇る太陽があるし、真昼に浮かぶ月もある。

ご両人が長く歩んできたゆえに、リスナーにもたらされた「真実」は、じつはそういうものなのではないかと、いま私は考えている。椎名林檎さんとaikoさんが、互いにライバル心を燃やしているのか(あるいは、のほほんと励まし合っているのか)は与り知らない。それでも私について言えば、椎名林檎さんのファンであることが、aikoさんのファンであることの喜びを強めてくれるし、その逆も然りである。

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椎名林檎さんは楽曲「女の子は誰でも」で、こんなことを歌う(東京事変の作品ではあるけど、作詞・作曲は椎名林檎さんが担っている)。

<<最初に覚えた呪い一つだけ思い出して>>
<<女の子は何時でも現在が初恋でしょう>>

こうしたリリックだけを見せて、これが椎名林檎さんの作品なのか・aikoさんの作品なのかを問うてみたら、熱心なファン以外は、間違えてしまう可能性が高いのではないだろうか。aikoさんの楽曲には、まさに「初恋」という題のものがあるし、「今こそが初恋」という昂揚感は、aikoさんの楽曲でたびたび扱われる、ご活動におけるメイン・テーマのようなものだと言えるかと思う。

それでは、この曲を、仮にaikoさんがカバーしたとしたら、単純に「日の光」が溢れるかというと、一概にそうとは言えないのではないか(そういう場面を見たことはないので想像してみるしかないのだけど)。「女の子は誰でも」の旋律は、あでやかなものであり、そこには月光が溶けてもいるように、私には思えてならないのだ。椎名林檎さんという「美しい月」が、敢えて青空に昇る、その意外性・ドラマ性を再現することは、さしものaikoさんにも難しいのではないだろうか。

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aikoさんは楽曲「ハニーメモリー」で、こんな風に歌い上げる。

<<なんとなく続いてく問題も時が経ち>>
<<朝陽が溶かすよと軽く見てた>>

このようなリリックに溶けた「夜の気配」は、むしろ椎名林檎さんを彷彿させるものであり、やはり「これはaikoさんの作品ではなく、椎名林檎さんの持ち歌なのだろうな」と勘違いする人がいても、何ら不思議はないと考えられる。夜のなかで「朝」の到来を思い、それを忌避したり、逆に望んだりすることは、椎名林檎さんの「十八番」なのではないか。

そして私は、やはり同じような仮定をしてみる。もし「ハニーメモリー」を椎名林檎さんがカバーしたら、それは純粋な「夜の歌」になりうるだろうか。やはり、そうなるとは限らないと思える(もちろん、これも私という一介のリスナーによる想像でしかないわけだけど)。本曲の歌詞は切ないものであるけど、旋律には「小気味よく踊る」要素もあるように感じられる。aikoさんという「温かな陽」が夜に震える、その洒脱さをなぞることは、さすがの椎名林檎さんにも困難だろう。

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私が挙げてみた「女の子は誰でも」と「ハニーメモリー」の「交換」は、ほんの一例でしかないと思う。椎名林檎さんはaikoさんの書くような曲を、ご自身の持ち味を失わずに歌うことがある。aikoさんは椎名林檎さんの生むような曲を、自分らしさを発揮しつつ歌うことがある。それぞれが「本領」のようなものを持ってはいるけど、そこを時として飛び出すような遊び心も、やはり、それぞれが備えている。

ともすれば私たちは、何かを安易にカテゴライズしがちだ(かくいう私も、そうした軽率な人間の一例だ)。誰かを枠にはめたり、そのイメージが壊されないことを望んだり、期待通りの答えがでることを求めたりしがちだ。

それでも、今や日本を代表していると言ってさえいいはずの、椎名林檎さんとaikoさん、このふたりのアーティストは、恐らくは惹句を求めてなどいないのだろう、自由奔放に月となり、あるいは太陽になり、その時々の光線を投げかけてくれる。

ふたりの優れたシンガーに、時に癒され、また時には驚かされ、そうやって音楽鑑賞を楽しんでいける私たちは、なんと恵まれているのだろう。そして私は考える、椎名林檎さんとaikoさんという「対比」も、ほんの一例でしかなくて、確固たる地位を築いたようにみえる(べつの)アーティスト同士が、そのキャリアで「愉快な寄り道」をしている、そんな様を見せ合っている、その可能性が十分にあるはずだと。

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注意深くありたい、楽しむために。
そんなことを私は思う。

※<<>>内は椎名林檎「本能」、東京事変「女の子は誰でも」、aiko「ボーイフレンド」「ハニーメモリー」の歌詞より引用
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