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母がくれた「B'z」という贈り物

夢を与えるミュージシャンへ

母がくれた「B’z」という贈り物


 B’zとの出会いは、僕がまだ母のお腹の中にいた頃からだろう。
 今、僕は「深夜徘徊」という男女ユニットで笹かまこうへいとして、ギター、作詞・作曲を担当している。奇しくも、B’zと同じ2人組ユニットでミュージシャンをやっている。
 母のB’z好きが遺伝したのか、幼少期は母と共に車の中や家にあるコンポでB’zを良く耳にしていた。これは母から聞いた話だが、B’zの「OH! GIRL」という曲の『Oh! Girl まだまだ〜♪』という歌詞を『黄金パタパタ〜♪』と歌っていたらしい。今思うとなんとも恥ずかしい過去だ。今思えば、幼少期の記憶として残る音楽には、常にB’zがあった。
 しかし、そうした日々も長くは続かなかった。僕が4歳のとき、母が天国へ旅立った。
ショックから立ち直れず、大好きなB’zの音楽を聴くことも減り、テレビに出演する彼らを見る程度であっさりしたものとなった。
 月日が流れ、小学5年生の秋頃。。
当時飼っていた金魚の水槽を洗っていた際に、ふとBGMが欲しくなった。
そこで、目に入ったのは、テレビラックにある母が生前に揃えたB’zのCDだった。
これは、後から聞いたことで、幼い僕にはそこまで分からなかったが、母は僕に稲葉浩志さんの「浩」という漢字を名前に入れるくらいに熱烈なファンだったらしい。僕が知っているのは数曲で、ほとんどは知らない曲名だった。とりあえず手に取ったベストアルバムが『B'z The Best “Treasure”』。一曲目の『BLOWIN'』を聞いた瞬間、鳥肌が立った。幼少期の記憶が、ブワッと蘇ってきたのだ。納豆をこぼして怒られたり、アイロンを直に触って火傷した手を手当してもらったり。他愛のない日々の他に、どこかで忘れていたB’zの記憶が鮮明に蘇ってきた。そして、その次の曲『恋心(KOI-GOKORO)』も、また次の曲『TIME』も聞いたことのある曲ばかりだった。気が付けば、僕は水槽の掃除を忘れてしまうくらいに聴き耽っていた。
 中学1年生の頃には、CDが全部集まり、B’zの膨大な曲も全部覚えているくらいにどっぷり浸かっていた。その中の一つのアルバム、『LOOSE』に収録されている『砂の花びら』は今でもお気に入りだ。松本さんの切ないギターと稲葉さんの乾いたロックボイス、それらが楽曲全体にも広がる空気感。この楽曲は僕に「青春」と「帰る場所」を与えてくれた。
 実際に自分で弾いてみたいと思ったのは中学2年生になってから。B’zを聴いているうちに、「松本さんの奏でるギターの音を出してみたい!」と純粋に思うようになった。木材を買い、音の鳴らないギターを作ったりもするくらいにハマっていた。
同じ年の冬には、お年玉を持って父親と共に楽器屋に行く僕の姿があった。嬉しさと緊張と期待感でいっぱいだった。ついに、初心者セットのギターとB’z曲集の楽譜を手にした。父親は「BOØWYの楽譜の方がいいんじゃないか」と言ってくれたが、それでも頑なにB’zの楽譜を選んだことを今でも覚えている。後の話だが、『BOØWY』も好きになりその楽譜は買った。それから、アンプ用のヘッドホンを買った後、ギターを鳴らした。ディストーションサウンドを鳴らしたとき、「これだ!B’zの音だ!!」と感動した。音楽に抜け出せなくなった瞬間である。
 それからはB’zから片時も離れることはなかった。部活が終わり、帰宅後はB’zの楽曲を練習し、DSの『大合奏!バンドブラザーズ』の作曲機能でB’zの楽曲を打ち込んで楽しんだ。ちなみに、ギターで初めて挑戦した楽曲は『BLOWIN'』。初めて完コピした楽曲は『イチブトゼンブ』だった。ギターを始めて半年が経った頃、初めて組んだ同級生とのバンドで3年生の最後の学年集会で披露した。出来は良かったとは言えないが、初めてライブができた感動と、B’zを演奏できた嬉しさと達成感でこれ以上ないくらい幸せだった。
 この頃から、音楽の道に進みたいと考え始めた。そう、B’zから夢をもらったのだ。卒業文集の将来の夢には「夢を与えられるミュージシャン」と書いたことを覚えている。誰かにとって、また、自分にとってのB’zになりたいと思ったからだと記憶している。
 高校へ進学した後も、変わりない生活を送った。新しく始めたことといえば、バイトくらいだ。少ないバイト代をコツコツ貯めてB’zのファンクラブに入り、初めてB’zのライブに行くことができた。2011年にはライブデビューを果たしたことをきっかけとして、新しい母も含めて家族全員がB’zの大ファンとなった。
 B’zは、僕にとって音楽の世界は勿論のこと、人生、家族の輪を広げてくれた。僕にとって、無くてはならない存在だ。もし、出会えていなかったら、僕は今と違う人間になっていたとさえ思う。現在、様々なバンド活動を経て、『深夜徘徊』というユニットで、成し遂げたい事や、なりたい姿を目指し、試行錯誤の日々だ。彼らはもっと沢山の試行錯誤や苦難を乗り越えて今の姿があるのだろう。
 「人に夢を与えられるミュージシャンになる」。僕は今改めてこれを思う。そして、これからもB’zを追い続けるだろう。どこかちょっぴり母の影を感じながら。
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