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「生」の側に踏みとどまらせる、「セルフケア」としての音楽

Base Ball Bear『ドライブ』に寄せて

単音のギターと小出祐介の声が長く長く伸びていく。
それはまるで深呼吸をしているかのようだ。
新しい空気をゆっくり吸って、体の中にあるものをゆっくり吐いていく。

Base Ball Bearが今月リリースした『ドライブ』は、「セルフケア」がテーマの曲なのではないかと思う。

<届いたスニーカー 部屋着のまま 合わせてみたら>
<入浴剤 手のひらで 消えた>
<初めて使う色 つめ先を 彩ってみれば>

これらは全部、不要不急の外出ができない私たちが部屋の中で自分のために、自分の気分を少し変えてみるためにしてみる行動だ。それは小さいことだけど自分にとっては最新で、どうでもいいことのように見えて自分の心の置き方にとっては大事なことだ。生産性とか人の役に立つとか他人の目とか、そういう世界とは一切関係のない、自分のための行動が歌われている。


『ドライブ』を聴いていて想起されたのは、『新呼吸』のことだ。
『新呼吸』は、Base Ball Bearが2011年11月にリリースしたアルバム『新呼吸』のラストに収録されている曲である。東日本大震災の後にリリースされたこの曲を聴くと、今でもあの頃の自分の心の有り様が思い起こされる。辺りの空気中に立ち込める不安と、何を言っていいかも分からない、何を言っても言葉が宙に浮いてしまうような感覚になった、2011年3月11日以降のことを思い出す。

『新呼吸』でBase Ball Bearは、震災によって変わり果てた世界を直接歌っていたわけではない。
そこで歌われていたのは、徹頭徹尾「自分」のことだった。
だが、当時の私にとってはそれが驚きだった。なぜなら、それまでのBase Ball Bearは「君」について、あるいは「君と僕の関係」の中で起きることについて歌っているバンドだというイメージが強かったからだ。『新呼吸』は、そんなBase Ball Bearの既存のイメージをひっくり返した曲でもあった。

<定点観測した僕の日常は ありふれたであふれた つまらないもの
 にせものみたいな食事を済ませたら 見せかけの白いシャツを洗う
 ただくり返すだけでさ すでに飽きてる
 「ささやかな幸せこそ」それもわかってる>

<効果音も無しに 昨日と今日が入れ替わる頃 
 おぼれる僕を想像してる
 ゆきかう幾億もの孤独
 その一滴だ 無関係な孤独に溶け込むばかりの日々だ
 そしてまた はじまりつづけてく平熱な僕の毎日は 無意味に無駄に降りつもる>

そこには、昨日と同じ今日を過ごすだけの、コピー&ペーストを繰り返しているだけのような毎日に、吐き気がするほどうんざりしていることや、震災によって変わっていく世界と対比しての「変われない自分」への嫌悪や苛立ちが、生々しく詰め込まれていた。

そして、小出祐介は、何度も何度も、<あたらしい朝が来れば 僕は変われるかな>と歌っていた。
この曲の中で、主人公の「僕」は変われるわけではないし、リスナーに対して「変わろう」と言うわけでも、変わるための方法を提示するわけでもない。ただ、変わりたいと思いながら変われなくてのたうち回る姿や、それでも変わりたいと思って同じところをぐるぐる回り続ける様が、赤裸々に綴られていた。

だが、「変わりたくて変われないのに変わりたいと思い続けてしまう」ことを隅々まで吐き出した後、
<あたらしい窓開けてさ/蒼い街をながめて そっと吸い込む>
<僕の/新呼吸>
というフレーズが歌われる頃には、Base Ball Bearというバンドが新しい空気を纏っているように感じられた。
つまり、『新呼吸』は、Base Ball Bear自身が音楽によって、一変した世界の中で息を吸って吐いてを繰り返すことで新しい呼吸を獲得するための曲であり、これも「セルフケア」の曲だったのだと思う。
そしてBase Ball Bearが自らをケアするためにつくって歌ったこの曲は、それを聴いた人も一緒に音楽によって大きく息を吸って吐いてみることを可能にした。実際、当時の私は、この曲を聴いて、心の内で凝り固まっていたものを吐き出して、新しい空気を吸い込めたような感覚になった。


話を『ドライブ』に戻すと、『ドライブ』も『新呼吸』の延長線上にある「セルフケア」の曲なのだと思う。
『新呼吸』では歌詞として明文化されていた「吸って吐く」ということについて、『ドライブ』では歌詞の中で表現されているわけではないが、冒頭に書いたイントロと間奏における単音の長く伸びるギターと、Aメロで全てのフレーズの語尾がア行で長く伸びていく小出祐介の声の中に、新しくて深い呼吸が体現されている気がした。
それに、『新呼吸』のアウトロで「ラララ」(これもア行だ)と繰り返しながらフェードアウトしていった先が、『ドライブ』のイントロのギターの伸びと違和感なく繋がっている気がしなくもない。

ただ、正体の見えない焦りや切迫感の中で新しい呼吸を獲得しようとしていた『新呼吸』と違い、『ドライブ』には終始穏やかさが流れている。自分自身に対してうんざりしたり嫌悪したりしていた『新呼吸』に対し、『ドライブ』では
<固結びしてた自分のこと ゆるめてもいいと そっと 思えたの>
<自分じゃ見えやしない自分のこと このままでいいと 思えたの>
と、自分自身に対する視線にも優しさや穏やかさといったものが感じられる。
たぶん、小出祐介の中で、また、Base Ball Bearの中で、10年前とはセルフケアの仕方が変化していったのだろう。

また、『新呼吸』と同じように、基本的には「自分」を見つめている『ドライブ』だが、ふと別のものを感じる瞬間もあった。それは <ゴミ出しの ついでに触れた風 澄んだ冷たさで> というフレーズを聴いたときだった。「ゴミ出し」という少しだけ社会的で義務感があること、そのゴミ出しのために早朝に外に出ることで気づく外気の感触や空の色や電線や街の風景。普段は当たり前に見ているそれらのことに、何らかの新鮮さを感じるというのは、やはり2011年とはまた全然状況が違う、コロナ禍での生活だからなのだと思う。そして、「ゴミ出し」のときに触れる、通り過ぎる「澄んだ」風に、この曲の主人公は失ったものやいなくなってしまった誰かの命や魂を感じているような気がした。


『ドライブ』のサビには <また再生しよう> というフレーズがある。
だから、Aメロの <青ざめた 夢見た 朝/泣き濡れた 顔洗いながら 泣いた> という状態や、暗示される何かを失った状態からの再生が思い浮かぶし、この曲を「喪失と再生の物語」と安易に定義づけてしまいそうにもなる。
だが、それは少し違うのではないかと思う。ここにあるのはそんな言葉で呼べるほど明確なものでもなく、むしろ、「喪失と再生の物語」といったものからはこぼれ落ちてしまうほど、ささやかなものたちなのではないだろうか。サビの <生きている 音がする> <生かされる 音がする> というフレーズも、部屋の中でなんということもなく過ごしているふとした瞬間に、または上記のゴミ出しのときに風が吹いたときのような何気ない瞬間に、命と魂のほんの小さな揺らぎに気づいた、そういうすぐにこぼれ落ちそうな一瞬のことのような気がするのだ。

だが、そのこぼれ落ちそうな一瞬を丁寧に掬い上げ、穏やかに深呼吸するように音に乗せたこの曲は、それを聴く者をそっと「生」の側に踏みとどまらせる。心にエンジンをかけようと思えるようになるその日まで、自分自身に優しく穏やかに接し、無気力をうまく操縦できるような、そんな方向をそっと示唆してくれている。
失ったものやいなくなってしまった誰かの魂を風の中に感じても、私たちはそれに対して何ができるわけでもないのだが、<生きている 音がする>自分に対しては、<何度も 心の手を取>って、<何度も 心と踊>ることができるのだと、Base Ball Bearは歌う。それによって私たちは、自分が今確かに「生」の側に繋ぎとめられていることを意識するようになるのだ。


ロックバンドでありながら常に新しく純度の高いポップミュージックを模索し生み出してきたBase Ball Bearが今届けてくれた『ドライブ』は、シンプルな音の中で「自らをケアし、自らの心と踊る」という、これもまたシンプルでありながら本当に大切なことを最低限のシンプルな言葉で歌った、極上のポップミュージックだと思う。
時代が移り変わっていくなかで、自分自身を見つめ、自分をケアするためにつくった曲が、それを聴いた立場の異なる多くの人の中でもセルフケアとして機能していくというところにも、ポップミュージックとしての普遍性や確かな力を感じる。

今、不安に揺れている多くの人に、『ドライブ』が届いてほしい。
穏やかなままエンジンをかけてスピードを上げていくようなアウトロのギターが、そのまま私たちの未来になればいいと思う。


講評
コロナ禍でよく聞くこととなった、しかし音楽を語る時には新鮮な言葉である「セルフケア」という視点から、Base Ball Bearの新曲“ドライブ”を捉えた文章。東日本大震災やコロナ禍という未曽有の事態において、Base Ball Bearが向き合ってきた表現、そしてこの10年における彼らの進化が、日常と重ね合わせられる歌詞の引用によってわかりやすく伝わってきます。筆者の想いと曲調のシンクロも美しく描かれていました。
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