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瑞々しい反逆心が鳴らす音楽と鼓動

ー秋山黄色と2020年、そしてこれからー

秋山黄色の快進撃が止まらない。昨年12月25日に映画『えんとつ町のプペル』の劇中挿入歌「夢の礫」をリリースしたばかりだが、1月27日には『約束のネバーランド』Season 2の主題歌となる「アイデンティティ」を発表、3月3日には2ndアルバム『FIZZY POP SYNDROME』の発売が決定している。

デビューからまだ一年足らずにも関わらず、最も動向が注目されているアーティストの一人だ。


1996年3月11日生まれの24歳。ネットカルチャー発。現役ニートと自称したインディーズ時代を経て、2020年3月4日に1stアルバム『From DROPOUT』でメジャーデビューした。ドロップアウトが意味する通り、この一枚には自分自身や世の中に対する諦め、怒り、苛立ちが生々しく描かれている。

やさぐれた表現が目立つアルバムだが、楽曲を聴いていると、親しんだ人には想われたい純粋さや屈することだけは認めない気高さが、随所に見え隠れするのに気付く。その矛盾する振り幅、ひいては極めて抑制していても漏れ出る人間味は、秋山黄色が持つ魅力の一つと言えよう。



彼の混沌とした内面が詰め込まれた『From DROPOUT』の中で、とりわけ無垢な精神性に触れられる楽曲が代表作の一つ「モノローグ」である。心を寄せた人との別れ際が綴られた作品であり、ドラマの主題歌として書き下ろされているため、アルバムの中でも創作色が強いナンバー。

だが、文章で生きる者が随筆ではなく小説の中に本音をそっと置くように、この楽曲だからこそ触れられる秋山黄色の本質があると思う。

冒頭、エフェクトがかかった歌声と静かなピアノ音。しかし空気に消え入るような囁きはものの15秒で姿を変える。攻めのギターリフにより一瞬で聴く者に高揚感を与えたかと思えば、数秒後には再び静謐なアレンジへ。

動と静のコントラストは情感の揺れ動きを思わせる。2番以降、アレンジに細やかな変化が加わり、躍動は上昇を続けていく。歌詞内の一人称は都度「僕」「僕たち」「僕ら」と温度と距離を変える。タイトル「モノローグ =独白」が示す通り、取り返しがつかない時間への無念が切ない。

世代のせいなのか、本人の感性によるものか、これまで長年かけて私たちが音楽を通して学んできたセオリーを壊してくるのも爽快である。


<「失った後にしか気付けない」という言葉を
嫌になるほど聞いてなお気付けなかった ずっと>
(モノローグ)


人間が失ってから大切なものに気付くという愚かさは、音楽だけでなくストーリー性を持ったコンテンツでは定説だった。でも、それはただの綺麗事なのかもしれない。我々はそんなメッセージを何度も体に刻みながらも、現実では本当に失う前に気付けているだろうか?

正論を斜めに切り取る視座を含んだ『From DROPOUT』だが、不思議とドロドロした印象は受けず、むしろ心地良さすらある。軽快なサウンドや遊び心ある言葉並びによる効果なのか。本来の性質を隠すべく意図して軽さを演出しているようにも思える。


繊細かつ鋭敏な感受性、飄々の佇まいに滲む熱情。アレンジの重ね方や間の取り方が独特で素直に聴かせてくれない。なのに、鋭い真理を突いてくる。そんなアーティストだというのが1stアルバムを聴いた印象だった。

ところが、『From DROPOUT』発売以降の第一弾シングルとなった「サーチライト」で、その印象はあっけなく裏切られてしまった。


<譲れなかったあの日が
今日を笑えるその日まで
もがけ 僕らの足>
(サーチライト/秋山黄色)


潔いストレート球が届いたからである。人の痛みに寄り添い肩を貸す、そんな等身大のロックナンバー。

自身を「引きこもり」と呼び、パーソナルな空間でひとり音楽を作り続けた青年は、ひたすらに孤独の魔物と向き合ってきたはずだ。それは図らずも2020年、自粛という名のもと部屋籠りを余儀なくされた私たちの環境とリンクした。

社会のはみ出し者を自覚し、音楽家として笑われた過去を持つという彼が奏でるのは、悔しさを噛み締めるような音楽だ。

その音色は、もどかしさやままならなさを抱え、傷ついても明日を生きようとする者の背中を支えてくれる。

未曾有の年に秋山黄色が台頭した意味を思う。自室から一歩踏み出し、世界と繋がると決めた。本来ならば少しずつ歩みを進めればよかった。しかしデビューした3月、コロナは猛威を震い始め、次第に人間をじりじりと淵に追いやった。

時を同じくして、彼と音楽は圧倒的なスピードと強度で世の中に受け入れられた。

時代が音楽家に与える影響は大きい。秋山黄色が楽曲へ込めるメッセージは、どんどんシンプルになる一方で、シャープさを増している。分かる人にさえ分かればいい。そんな姿勢から脱して「届けたい」いやむしろ「届けなければ」そんな気迫さえ感じる。


<大切なものができたら
奪われたくないから>
(夢の礫/秋山黄色)


まるで幼い子どもの祈りみたいなフレーズで始まる「夢の礫」。内側から絞り出した声も印象深い。柔らかい雰囲気に包まれているが、一番、二番と進むにつれてサウンドはどんどん力強くなっていく。<なんでうまくいかないんだろう>と率直に弱音を吐きながらも、自分の選択を信じ抜き、最後には<光の粒がここにある>と瑞々しい気付きへ帰着する。


<数千の時を超えまた会えたら
絶望の少し先で笑うんだよ>
(アイデンティティ/秋山黄色)


リリースされたばかりの「アイデンティティ」でも<絶望の感覚><凍り凍りつく明日><吐きそうな夜>といったフレーズが見受けられるが、最後にはそれらを<選んだ未来なら笑えるから>とねじ伏せてみせる。「夢の礫」から一転、疾駆でロックテイストが強い楽曲。怒りが充満しているかのように語尾を振り払う歌い方も印象的だ。



<傷だらけのその先に一体何があるの?(モノローグ)><変わらないものはいくつある?(夢の礫)>

秋山黄色の音楽は問いの力が強い。だが、押し付けがましくはない。それが大衆へ向けたられた類ではなく、彼自身へ向けられたものだからだと思う。

選択肢はいつだって自分の手中にある。パーソナルな空間を越える瞬間には、激しい葛藤も鉛に似た覚悟もあったはずだ。かつて米津玄師がポップミュージックの頂を目指し変革を起こしたごとく、彼もまた音楽を武器に表現者として生きる道を選んだ。

無論、ここで取り上げた2020年リリースのシングル曲はすべてタイアップである。そもそも原作が逆境や試練を乗り越えて光を掴むような題材であり、秋山黄色はプロの音楽家として世界観を踏襲したに過ぎないのかもしれない。そんなストーリーに彼の音楽が求められているのもまた事実なのだが。

だからこそ、リミッターが外れた次のオリジナルアルバムではどんな景色を見せてくれるのだろうと否応なく期待が膨らんでしまう。このままさらに研ぎ澄まされるのか、もしくは思いもよらなかった方向へ裏切ってくれるのか。発売が待ち遠しい。


講評
2ndアルバム『FIZZY POP SYNDROME』をリリースし、注目度が上昇する中、改めて秋山黄色とは何者なんだ?という疑問を抱えた人への回答のような文章です。筆者自身が受けた衝撃や時代感もちりばめながら、彼のキャリア、楽曲、歌詞など細やかに言及し、今なぜ彼が支持を集めているのかを解き明かしています。そうした視点を、誰にでもわかりやすく表現しているところも評価点です。
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