4616 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

音楽を聴く上での認知バイアス

人は曲そのものを聴けているのか 赤い公園楽曲を好む私

私は音楽を聴くことが大好きだ。
特に音楽のストリーミングサービスと契約してからは、自分の好きなアーティストだけを聴くことだけでなく、まだ知らない楽曲を積極的に聴くということもするようになった。


そうやって音楽を聴いていく中で、ある種の哲学のような思考にふける時がある。それは、「自分は本当に楽曲の良さに惹かれて音楽を聴いているのだろうか」である。私の体験の例を用いて考える。


私は赤い公園というバンドが大好きだ。出会いのきっかけはこうだ。勉強の合間にたまたま聞いていたラジオで“NOW ON AIR”という楽曲が流れ、それを聴いたとき、一瞬で「好きだ!」と思って、とっさに手元のノートの端に“赤い公園”とメモを取った。

さて、この出来事を機に、私には2つの変化が起こったはずである。

1、“NOW ON AIR”という楽曲の良さに惹かれた
2、“赤い公園”というバンドを認知した

そしてこの後、赤い公園に興味を持った私は「MVを見る」「他の楽曲を数曲聴いてみる」「バンドメンバーを調べる」「作詞作曲者を調べる」等の行動に出るのだが、これらはすべて「“赤い公園”を認知する行動」である。


この行動を経て、赤い公園を好きになっていったことは間違いないが、ふと振り返ってみると、こんな仮説が浮かんだのである。

「“NOW ON AIR”を聴いた時とは異なり、他の楽曲を聴いた時には“赤い公園”を知っていることが、曲を聴くときの心持ちに影響を及ぼしているかもしれない」という仮説である。



ここで、別の抽象的な例を用いる。例えば全く曲調の違う曲AとBを作った1つのアーティストがいたとする。そして私にとってAが好みの曲で、Bがそうではない曲だったとして、以下を考える。

Aを聴く→このアーティストを好きになってある程度の認知をする→Bを聴く

この流れでBを聴いたとき、本来好きにならないはずのBを好きになる。


これを「認知バイアス」と呼ぶことにする。

もしも認知バイアスが存在するならば、今私が好きなアーティストは、好みの相互作用が起こっていて、あくまでも曲、バンドの生い立ち、メンバーの人柄や関係性、などの全体を評価して“好き”という感情に落ち着いてることになる。

この考えに行き着いた私は、初めの1曲しかバイアスのかかってない状況で音楽を聴けてないことが分かった。そして、仮に認知バイアスを取っ払っても、本当に今私が好きなアーティストは、好きなアーティストなのかという不安に悩まされた。

ただ、この不安を解消する2つの出来事があった。
それは、SMAPの“Joy!!”という楽曲を好きになったことと、YUKIの“かたまり”という楽曲を好きになったことである。

テレビでSMAP×SMAPを見ていて、そこで初めてJoy!!という楽曲を聴いた。当時私は中学生で、ちょうど学校が楽しく感じられなくて辛かった時期だったこともあり、≪無駄なことを 一緒にしようよ≫(Joy!!)という歌詞が刺さりに刺さった。以降SMAPの楽曲の中で1番好きな楽曲は“Joy!!”だ。


高校の頃“コーヒーが冷めないうちに”という映画を見て、その主題歌であったYUKIの“トロイメライ”を聴きたいと思ってCDを借りた。そのカップリング曲だったのが“かたまり”である。映画の主題歌として認知していたため、映画を見てしばらくは“トロイメライ”ばかり好んで聴いていたが、“かたまり”も徐々に好きになっていってよく聴いていた。

この2つの出来事を経験した当時は知らなかったのだが、SMAPの“Joy!!”とYUKIの“かたまり”の楽曲提供者が、赤い公園の楽曲とギターを担当している津野米咲だったのだ。

私はこの事実を知ったとき、認知バイアスの不安を解消した。なぜなら「津野米咲楽曲である」という認知バイアスを取っ払った状態で津野米咲楽曲に惹かれていたからだ。だから今では、「私は赤い公園が好きである」と自信を持って言える。

認知バイアスの有無は私がもう1人いないと証明することはできないが、仮にあるとした場合でも人は「曲そのものの良さを聴くことができている」のだ。


※≪≫は歌詞の引用
  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい