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ずっと「普通」が「特別」で

UNISON SQUARE GARDEN TOUR 2021 「Normal」を観る覚悟

ライブを生きがいにすることへの不安が無くなる日が一日も早く訪れますように。





コロナ前とコロナ禍で変わらないものをひとつ挙げるとすれば、私にとってライブが「特別」なものであることだ。

人生初ライブは2019年12月のBee side Sea sideツアーだった。
正直なところ、初めてのユニゾンのライブで斎藤さんが組んでいる別バンドと田淵さんが組んでいる別バンドそれぞれのフライヤーをもらうとは思っていなかったし、不安は無かったと言ったら嘘になる。そのこともあって、Bee sideツアーは「カップリング曲のみのセットリスト」ということを除いても十分特別なライブだった。

SEの「絵の具」が流れ始めてから、ステージにくぎ付けだった。SEの音をかき消すように、UNISON SQUARE GARDENの音楽が始まる。まるで打ち上げ花火を見たときのように心が震えた。心臓の鼓動が目の前のメロディとリンクしていく。もちろん、自分の部屋で歌詞カードを読みながら聞いていたときのように、ひとつずつじっくり味わうのも好きだった。しかし生の音は、歌詞をなぞるより先に、鼓膜とほぼ同時に心を震わせ、感動の瞬間を共有できる喜びを教えてくれた。大好きなロックバンドの音が物理的に心を震わせにきているような感覚を浴びて、溺れるようにとりこになった。
初めてのライブでは泣くだろうと思っていたけれど、予想の反対でずっと笑っていた。UNISON SQUARE GARDENのライブは、今まで抱いていた不安が最初から無かったかのように感じられるほど楽しくて、それ以上に目の前の3人が楽しそうで、安堵と喜びで全身が温かく満たされたことを覚えている。
「ライブしかない。」
同じ空気の中、向かい合って、音楽の素晴らしさを受け取り、確かめる。健康的に好きなバンドを応援するにはそれしかないと思った。

だからその後、自然な流れでファンクラブに入会し、fun time HOLIDAY 8のチケットを申し込み、グッズを注文した。上手くいかない高校生活で唯一自分にできることが、ライブという生きがいを作ることだった。大演説で両親を説得し、さらにユニゾンの出演が決定していた2つのフェスのチケットを買った。一つはコンビニの券売機に張り付き、最後のチャンスで掴み取った。もう一つはまだ出演者がすべて発表されていない段階でチケットを買った。「高校生にライブはまだ早い」と言っていた両親がいつ私のことを止めるのか、メンバーそれぞれのユニゾン以外の活動だけになる可能性は本当にゼロなのか、当時の私にはわからなかった。だから、チケット当選のメール、ゲスト発表の瞬間、届いたグッズの開封作業、その一つひとつが最後かもしれない「特別」だった。当たり前にしたいとも思わなかった。

友達にもライブのことを自然と話せるようになるほど、私はライブの魅力に引き込まれていた。
「私、UNISON SQUARE GARDENのライブが生きがいなんだ。」

その言葉が重たく鋭いブーメランとなって返ってくるようになったのは2020年4月頃のことである。
私は教科書を忘れてしまった。
「ライブのことばっかり考えてるからミスするんだよ。」
呆れたようなクラスメイトの言葉は、今までずっと聞かないようにしてきた「このご時世にライブなんて」という世の中の声に後押しされているように感じた。
「いやいや、全部無くなったから!考えるものもないよ。」
とっさに笑って返した。
ライブ3回分の空白ができたことは事実だった。けれど、私はライブのことを考えるのはやめられなかった。
ここに書くほどのことではないかもしれない、いつもの教室での日常の会話の一部。私の気にしすぎかもしれない。けれど確かに、誰かにとって「ライブ」=「不要なもの」であると初めて意識した瞬間だった。

それ以来、ライブが生きがいであることは誰にも言わないようにしようと思った。

『急なフェードで焦った 秒速で不条理が始まる』

「春が来てぼくら」「Catch up, latency」という明るく、まっすぐな新曲リリースの流れの中、突如現れた「Phantom Joke 」の一節のように、現実は急展開を迎えた。

『とりあえず選んだせいだから 方をつけなきゃいけないな』

ライブを生きがいに選んだのは自分。ならば悲しみに方をつけるのも自分だ。私は自分自身に言い聞かせた。今までだって見送ってきたライブがたくさんあるじゃないか。それに今回の場合はみんな行けないんだから。

この頃から、家族を困らせないように家でも自分の気持ちを抑えるようになった。何とか生き延びようと一生懸命な世の中で、ライブが生きがいなんて、そんなこと言ってる場合じゃないのだ。
それでも、延期が中止になるたびに泣いてしまった。

結局、私は前回のライブを最後の「特別」にする心の準備ができていなかったことに気がついた。

2020年8月、TOUR 「LIVE(on the)SEAT」が開催されると発表された。悔しかった。すべて県外であるスケジュールを見て、悔し涙が止まらなかった。また、ファンとして開催を喜ばなければという焦りが私を苦しめた。やっと世界が、大好きなバンドが前に進もうとしているのに、どうして私は泣いているのか。

『激流は続く 暗い底はまだ見えない』

ライブが無くても、生活に支障はなく、心を置いてけぼりにしたまま、カレンダーの日付だけが更新されていく。

配信ライブはそんな日常を明るく照らしてくれた非日常だった。
大好きなロックバンドがライブをしている。その事実だけで十分幸せだった。
「1対1× 観客の数」のスタンスでライブを続けてきたからこそ、今までと同じようにロックバンドの想いと、熱と、研ぎ澄まされた音楽が、心の琴線まで届いた配信ライブだった。未曾有の不安から何度も救ってくれた曲たちが「今」の音で奏でられていることに胸を打たれ、涙があふれた。

それなのに、何度も見返していると、ふとした瞬間に考えてしまうことがあった。
「そういえば、あの辺りの席だったな。」
フルカラープログラムを演奏する3人の後ろ姿が、誰もいない客席とともに映し出されたとき、初めてユニゾンのライブを会場で観たときの感動と重ねてしまった。「今は控えるべき」あの感動を。

贅沢だとわかっていても、気がつくと、もう残り1枚となったチケットをしまっている引き出しを見つめていた。

ファンとしてどうなのかと自分を責めることもあった。大きな会場でライブをする名誉に流されず、ライブハウスの生の音にこだわってきた彼らが配信ライブをすることを決断し、入念な準備の上で、たくさんの素晴らしい技術に支えられて届けられた音楽と映像。そのありがたさをわかっていながら、ライブが無くなったときにぽっかりと空いた心の穴を埋めきれない自分がいたからだ。

それでも、残ったチケットへの淡い期待にしがみついて生きていた。誰にも言えなかったけれど、やっぱりライブに行くしかないと思っていた。

2020年11月末、fun time HOLIDAY 8の中止が発表された。(最後まで開催に向けて力を尽くしてくださった関係者の皆様、本当にありがとうございました。)
これで私の手元にあったチケットがすべてお金に戻ってしまった。ライブが無くなるたびに家族に呆れられるほど流していた涙は、そのときはもう出なかった。

こんなに傷つくなら、もう無理だと思った方が楽かもしれない。大好きなロックバンドが教えてくれた「特別」なものが、生きがいとは程遠い存在になっていく。

私はライブに行くという選択肢を忘れようとした。そうしないと大好きな音楽も楽しめなくなると思った。

ライブが生きがいなんて、誰にも言えなかった。誰も聞いていなくても言えなかった。


LIVE(on the)SEATツアーの終了と同時にNormalツアーの開催が発表された。
そのときのことはあまり覚えていない。幸せな夢を見たときも朝ごはんを食べ終わる頃にはその内容をすっかり忘れているように、信じられない気持ちが強かったせいかもしれない。
県内の会場があったので、チケットを申し込んだ。後日、当選のメールが届いた。
生きがいを見つけたときと同じような「特別」への喜びによく似た感情が蘇ると同時に、感染症の脅威を前に無力な自分の不安が頭をよぎる。
そしてもう一度思った。
「これが最後になるかもしれない。」

Normalツアーに行くことが決まってから、一度だけ友達とライブについて話した。その中で私の心にナイフの如く刺さったのが「自己中心的」という言葉だ。自分のためにライブに行くのだから、避けられない言葉だと思った。
私の決断は正しかったのだろうか。おそらくずっと不安だったから、自分からこの話をふってしまったのだと思う。友達には今度ライブに行くことは話していなかった。友達としての優しい表現ではなく、世の中にある意見の一つが聞きたかったからだ。
コロナが流行る前は、ライブに無関心だったその友達にライブの話をたくさんしていた。一緒に行ってみたいと言ってくれるようになって、とても嬉しかったのを覚えている。こうして思い出してみると、ライブに行くことを話せなかったのは、やっぱり私に勇気が足りなかっただけなのかもしれない。

色々な場所で色々なことを聞いた。愛のこもった意見から、根拠のない偏見まで。正解を知ろうとすればするほど、わからなくなった。

『心まで霞んで蜃気楼 善々悪々も審議不能になる』

それから毎晩、ライブについて考えるようになった。
考えるたびに頭をよぎったのは一緒にBee sideツアーに行ってくれた友達のことだった。Normalツアーに申し込む前に誘ってみたが、親に止められているから行けないと言われた。その友達にもNormalツアーのチケットが当たったことは話していなかった。行きたいのに行かない選択をした友達のことを想うと、話せなかった。
自分のために行かない人、家族や周囲の人のために行かない人、もしかしたらユニゾンのために行かない人もいるかもしれない。誰かに止められて行けない人、職業柄行けない人、ライブが大好きなのにそれどころではなくなってしまった人だってたくさんいるのだ。その中で1人隠し事をするように、自分のためにライブに行く罪悪感はこれからも消えないだろう。

これからも、誰にも言えないのだ。

ライブに行くことが正しい選択なのか、いよいよわからなくなった。
私はすがるような気持ちで、fun time HOLIDAY ONLINEの開催が発表されたときのメンバーコメントを読み返した。
“音楽なんか無くたって、ライブなんか無くたって別にいいのかもしれません。
でも無かったら困るという人は、確かにいます。”
そうだ、この言葉に何度も救われたんだ。
そこからはもう夢中で、今まで買い集めてきた音楽誌を読み返した。あぁ、これは結成15周年を記念した回だ。
“観たい人がいる街まで行く”
この言葉に何度もライブに行く夢を重ねた。
新曲のインタビューでも必ずライブの話が挙がっていた。そこから読み取れる、彼らの熱いライブへの想い。
それは新型ウイルスが流行した今は不要である
とは思えなかった。今までずっと、UNISON SQUARE GARDENのライブの存在に救われてきた。そして、大好きなロックバンドは今もライブを続けている。その事実と自分を切り離すことで感情を抑え込むのは、もう終わりにしたかった。

『悲しくちゃ終われない 覚悟の幕が上がる』

私はライブに行くという覚悟を決めた。

Normalツアーが始まる直前、LIVE(on the)SEATツアーのライブ映像がYouTubeで公開された。私は止まらない涙を拭いながら、その一曲一曲を心に刻むように見た。お客さんの思い思いの動きはバラバラで、一体感があった。座っていることを除けば、今まで通りに見える。開催が発表された8月に流した悔し涙は、ライブ映像を見終わった1月末に、嬉し涙に変わった。3人が楽しそうにライブをしているという事実が、そしてお客さんが彼らの目の前でその素晴らしさを受け止めている光景が、初めてユニゾンのライブを観たときの感情を思い起こさせ、ライブが好きな自分を肯定してくれた。




迎えたライブ当日。
「Normal」と絡み合うように「Special」とプリントされた、至って普通の特別なTシャツに袖を通す。

会場に着いた。去年の4月に行く予定だったfun time HOLIDAY 8と同じ会場で、1年以上前に下見に来たことがあった。その時間も無駄ではなかったと思える日が来た。

SEの「絵の具」が流れ始める。いつもと同じようにメンバーが順に入ってきた。
心臓が早鐘を打つ。その鼓動をかき消すように、大好きなロックバンドの音が鳴り響いた。



聴き覚えのないイントロがセッションだとわかったとき、覚悟を決めたあの日の続きが紡がれた。

『悲しくちゃ終われない「まだずっと愛していたい」』


一曲目だった。



『冗談じゃねえよ Phantom's begun! 』

それは、配信ライブで必ず演奏されてきた
どの「Phantom Joke」よりも鮮明で、

『だめだ そんな悲しいこと言うな まだ世界は生きてる』

まっすぐで、

『だからこの空の先を見たい』

明るかった。

ロックバンドの「普通」のライブが
「特別」になる瞬間。

泣いて、傷ついて、忘れようとして、
それでも忘れられなかった、あの瞬間。

『言えそうで良かった「まだ愛していたい」』

私の生きがいは、ここに、健在していた。




ずっと違和感があった「Normal」というツアータイトル。それは、結成15周年というお祝いモードの1年のあと掲げられた“普通のロックバンドに戻る”という一言が、唯一無二のロックバンドUNISON SQUARE GARDENらしさであると気づけずに、勝手に寂しく不安に思っていた日々があまりに長く続いてしまったせいかもしれない。いつの時代も、ロックバンドにとってライブをすることは普通なのだ。そしてどんなときも、私にとってライブは生きていく意味で、死ねない理由で、特別である。この温度感がちょうどいい。あの日観た「Phantom Joke」は、ロックバンドの「普通」が誰かの「特別」になる瞬間の美しさを証明していた。

今年、行きたいと願っていたアルバムツアーと、行きたかったと悔やんでいた過去のツアーの再現ツアーが開催される。そのどちらも行けないことになった。それでも、もう不安はない。
UNISON SQUARE GARDENが、普通に、今まで通りライブを続けてくれることで、私はまた特別なライブに行けることを夢見てがんばれる。たとえ今回が最後だったとしても、今は最後だなんて思わなくていい。誰かにとって普通のことが、また誰かにとっては不要なことが、私にとって特別な瞬間でも、それは間違いじゃない。
Normalツアーは私に大切なことを思い出させてくれた。


ずっと誰にも言えなかった。

でも、

不安だったいつかの自分と
不安になるかもしれないこれからの自分と
ここまで読んでくださったあなたになら










『言えそうで良かった「まだ 』

「私はライブを生きがいにしていたい。」















『』内はPhantom Joke/UNISON SQUARE GARDENより引用しました。
“ ”内はUNISON SQUARE GARDENオフィシャルサイトとインタビュー記事から引用しました。
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