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アイの歌が響く風景 15年という月日の重みと真の強さ

秦 基博「GREEN MIND 2021」を終えて思うこと

2007年7月29日。
忘れられない、「本物」ばかりに打ちひしがれた夜。
その中にシンガーソングライター秦 基博もいた。
Augusta Camp 2007、西武ドームでの出来事だ。

いまや毎年開催されるこのイベントが恒例の年中行事と化し、サブスクの恩恵もあり、オフィスオーガスタという事務所に所属するアーティストの楽曲はほぼすべて聞いているのではないかというほどのわたしだが、この頃はまだ「お目当てのアーティストが出るフェスに行く」という感覚でこのライブに足を運んでいた。
もちろんAugusta Campというイベント自体も初体験。
ほかのアーティストは知ってるけど、ちゃんとは知らない。
ましてや、その前の年にデビューした新人のことは、いまとなっては申し訳ないながらも、全然予習していなかった。

そんな新人がステージに出てきて、ギターを爪弾きながら訥々と歌詞を紡ぎ始める。
その瞬間にわたしは固まってしまった。その歌声に、その歌の世界に呑み込まれてしまった。

「月灯りかと思ってみれば
変わる間際の黄色い信号
やたらと長い赤信号に変われば
決まって僕らキスをするんだ」
僕らをつなぐもの/秦基博

14年後の2021年7月25日。
LINE CUBE SHIBUYAで、わたしは同じ曲を耳にした。
声が出せない会場に漂うのは、音がないことすら音として聞こえるのだと思うほどの静寂。
舞台袖から出てきて中央に立つ背の高い彼を一本の光の筋が照らし、開いた口から発せられた歌声は、年月を経てあの日よりも深みが増していた。
でもわたしは、息を呑むその瞬間に2007年の「あの日」を思い出した。
そしてこんなことを思った。

いつ何時も、第一声でこんなに人の心を奪い去っていくのはすごいなぁ。

秦 基博は、渇いた砂漠のような心に一輪の花を咲かせるかのごとく、水という歌声を注いでいく。
「落ち込まないで」「元気を出して」と直接的な言葉で励ますわけではなく、気づけばそっと隣に、ともすると心の中にするりと入り込んでいく。
傷つくことに慣れてしまった人、違和感にも蓋をして、ぐっと耐え凌ぐことが当たり前になってしまった世の中に必要なのは、こういう「自然体」な存在なのかもしれない。

しかし地に足をつけ、揺らがず肝が据わったように見える彼にさえ、この1年半は試練の連続だったと思う。
2019年12月、4年ぶりにオリジナルアルバム「コペルニクス」をリリースした秦 基博。
2020年3月から、そのアルバムを引っ提げたツアーが始まるはずだった。
しかし、変わりゆく世の中の動きに振り回され、度重なる延期の後に8月にツアーそのものの中止が決定。
わたしたちは、オリジナルアルバムの楽曲をお披露目する瞬間をこの目で直に見ることができなくなってしまった。
本来ツアー初日を迎える予定だった会場で11月に開催された配信ライブ。
そこで見られるはずだった景色を疑似体験することはできたけれど、がらんどうの会場に響き渡る彼の歌声、どちらかというと喜怒哀楽が表には見えづらいと思われる顔にすら浮かび上がる戸惑いとなんとも言葉に表しがたい表情に、「こうすることしかできなかったのだろうか」と虚しさを覚えてしまった。
誰も悪くない。本人や周りの人の判断が一番だ。
それでも、描けなかったほうの道筋とその先に見えたかもしれないストーリーに想いを馳せてしまうのは、時代の変化に頭がついていかないわがままな側面の自分が発露するリアルな感情なのかもしれない。

「こうすることしかできなかったんだ」「これでよかったんだ」
そうは言っても胸の奥にしこりを残した状態で季節は秋から冬、そして2021年を迎えた。
そして春の気配を感じ始めた3月に弾き語り全国ツアー「GREEN MIND 2021」の開催が発表された。
もちろん、その報に咄嗟に喜んだ。
でも、ひと呼吸置いた瞬間に「大丈夫だろうか」と不安を覚えた。

残念ながら、いまだに人を集めることは世の中から良しとされない時代が続いている。
「GREEN MIND」なら舞台の上に立つのは秦 基博ひとりだし、客席も声を出すような雰囲気にはならない。
だから、自分自身が会場に足を運ぶことの不安はそこまでなかった(もちろん、万全な対策は大前提として)。
しかし、数ヶ月にも及ぶ長いツアー、ましてや全国を回る。本人たちの身に何もなくとも、いつ、どこで、また去年みたいなことが起きるかは誰にも予想ができない。
あんな複雑な感情はもう抱きたくないし、彼のあんな表情ももう見たくない。
とは言え、決断を下した側が何も考えていないはずはないので、これが今の最善であり、あるべく姿であり、彼自身が望んだ選択なのであろう。
祈るような気持ちで足を運ぶ公演を決め、チケットを申し込んだ。
そして、当選してからもずっと毎公演の様子をSNSなどからチェックして、1公演終わるたびに安堵の気持ちを重ねていった。

今回のツアーのセットリストは、ツアーが始まる前にリリースされた弾き語りアルバム「evergreen2」の収録曲をメインに組まれていた。
個人的には「君のこと」「教えてよ」と微笑ましい始まったばかりの恋を歌った「Tell me, Tell me」から、やましい行いをライトなトーンで「ごめんね ごめんね 許して ごめんね」と謝る「FaFaFa」をつなげてくる秦基博のちょっぴりダークネスなセンスにくすっと笑ってしまったり、かと思いきや、一転して映画「さよならくちびる」の登場人物ハルレオに提供した楽曲「さよならくちびる」と上白石萌音に提供した「告白」を連続してセルフカバーし、別れとそこに生まれる情緒的な景色を目の当たりにしたりと、とにかく彼の描く世界を咀嚼することで精一杯だった。

こんな世界になるなんて想像もしていなかったであろう頃に生まれた「70億のピース」。
「愛の歌が届かない 暗い闇もあるの」
「半径5メートルも ままならないまま
日々は続いてる あやうく」
「かたちの違う僕らは ひとつに今 なれなくても
でも 互いが 離れないよう 寄り添えるんだ」

さまざまな形の「アイ」をこれまで歌ってきた秦基博。
いまここで、ひとりでステージの上からこの歌を届ける心境は、名前をつけるとするならば何と言えるのだろうか。
切実?慰め?悲哀?嘆き?
……いや、そんなマイナスな感情ではない。
たぶん「受容」だな。そんなふうにわたしは感じた。
だって、本編最後の「泣き笑いのエピソード」でこんなふうに歌っていたから。

「笑顔をあきらめたくないよ 転んでも ただでは起きない そう 強くなれる」
「涙がかわくまで 待ってられない
だって ほら すぐ 新しい朝」

人生は山あり谷ありだ。
そして、そこには「あたたかさ」と「冷たさ」が存在する。
苦難なんてないに越したことはないけれど、でもそこに「アイ」があれば、きっと人は救われるし、ひとりでも強く立っていられるのだ。
そしてそんな芯をもって佇む人の姿に、また勇気をもらう人もいる。見ているだけで心に豊かさや彩りが舞い戻り、また山あり谷ありな明日への一歩を踏み出すきっかけになることだってある。
実際に秦 基博の姿を見て、わたしはそう思ったから。

もともとのツアー日程のファイナルだったこの日。
自分にとって最終日となるこの日のアンコールの始まりは、終わりがすぐそこに見えることを意味する。
すぐ目の前に彼はいるのに、本当ならばその風景を目に焼き付けなくてはならないはずなのに、時を止めたくなって、つい目を瞑ってしまう。

「アイ」で秦 基博が歌った最後のフレーズ。
「ひとつだけの愛が 僕のハートに 今 じんわりあふれる」
心に沁み込んでいく歌声の余韻を、言葉の意味を噛み締めた。

15周年イヤーとなる2021年にひとりで全国を回ったツアー。
アンコール最後に演奏された「風景」に、彼なりの15年への感謝の想いとこれからの決意が、そして、淡々としているようで胸の内に熱く燃える青い炎が見えたような気がした。

「あなたがくれたこの風景 愛しく思っています
胸の中のファインダーでずっと眺めていたい」
「あなたといつか見た風景 なおさら愛しくなるよ
胸の中のシャッターを切って焼き付けよう」
「いつも側にいてくれたの? 僕も少し強くならなきゃね
あなたを守れるように やさしくいられるように」

わたしにとっては、出会ってから14年。
押し付けがましくなく、付かず離れずな心地良い距離感で秦 基博の音楽はずっと寄り添ってくれていた。
その存在感があまりにもさりげないものだから、失礼なことに慣れてしまっていた自分もそこにいて。
でも、彼の音楽と対話できるライブという場所が、時間が、彼のありがたみを痛感させてくれ、かつ彼がいままでのわたしの人生を彩り、さらに今後も豊かに世界を描いてくれる予感を確信へと変えてくれた。
気づきのチャンスを一度逃したいまだからこそ、それを痛感し、そしてわたしの中での彼の存在がまた大きくなってしまった。

彼がくれた安心感と、新たに与えてくれた秋のアニバーサリーライブへの希望を胸に、時には泣きながら、そして笑いながら、わたしは山あり谷ありの人生を踏ん張っていこうと思う。
そして、世の中全体が冬を越え、緑が芽吹く季節にたどり着けますように。
汗ばむ夏の夜と世間の空気のギャップを全身で感じながらも、あの日に見た風景を胸に、今日もわたしは息苦しい日々を生きている。そして、明日も生きていく。
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