4729 件掲載中
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

『10年後のあの夏』に咲いた花

スィミー『帰響』

 古都・金沢にスィミーというバンドがいた。哀愁歌謡ロックを打ち出したV系バンド。本人たちも「マイナーバンド」と自虐するほどに、10年前その名前を知っているものは限られていた。

 メンバーはボーカル:なおた、ギター:とめたろう、ベース:たくま、ドラム:けぇ。2008年に結成され、サポートだったけぇが2009年に加入。しかし同じ年の8月、ギターのとめたろうが脱退。少しの活動休止期間を経て、ギターにれ。 を迎え2010年8月に第二期スィミーとなる。しかし2011年8月にけぇが脱退し、2014年にドラムにひろしを迎え活動するが、惜しくも解散となった。

 遠く離れた地方のマイナーバンドのひとつ。スィミーは、今年までそういうよくあるバンドでしかなかった。少なくとも、私にとっては。

 認識が変わったのは、2021年の夏にTLでその名前を見かけてからだ。
 その日はアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」の10周年だった。TLは普段アニメの話をしない人々も盛り上がり、音楽が好きなフォロワーはエンディング主題歌であったZONEの「seacret base〜君がくれたもの〜」の話題を口にした。



〝君と夏の終わり 将来の夢 大きな希望 忘れない
10年後の8月 また出会えるのを 信じて
最高の思い出を…〟
(「seacret base〜君がくれたもの〜」/ZONE)

 その話題の中に、RTで回ってきたスィミーのメンバーのツイートがあった。そして彼もまた、「10年後の8月」に約束をした人物であったことを知ったのだ。
 それが、ドラムのけぇだった。

 スィミーの公式アカウントではレコーディングが進行してた。けぇの脱退日の10年後に、全国流通盤をリリースする。そのために初期スィミーのメンバーが集められ、新曲も作られているという。

 CDのタイトルは『帰響』。「キキョウ」と読む。

 解散したバンドが、新たな響きを伴って戻ってくる。約束を守るためだけに。

 その律儀さと、ファンを大切にする気持ちに驚いた。アカウントは見守るうちにフォロワーを増やし、レコーディングは終わり、トレーラーが公開された。

 その動画を見終わった瞬間に、私はCDの購入を決意した。
 もともと哀愁歌謡系のロックが好きなことは認める。しかし、近年はサブスクの台頭によりあえてCDを買うことも少なくなった。脳死で購入することはほぼなくなり、新しいアーティストはまず、聴ける楽曲を聴いてみてから。そういった私の行動原理からはやや逸脱した行為だった。それほどまでに、楽曲がよかったのである。

 そしてCDをリリースするのに先駆けて、サブスクでの配信が2021年8月28日に開始した。
 私は製品版が届くのが待ちきれず、Spotifyで先に聴いた。

 風鈴や風車をイメージさせるインスト曲「キキョウ」からアルバムは始まる。深いリバーブが心地よい鍵盤の音、秋をもうすぐ迎える涼しげな風。虫の声まで聴こえる、ノスタルジックなサウンドである。
 ボーカル:なおたがアコースティック・バンド「傘音色」でもカバーしてる「線香花火」は、胸の中の淡い気持ちを刺激するようなメロディと素直なリズムの曲である。どこかで聴いたことがあるような、ふとした懐かしさを覚える。派手さはないが丁寧なサウンドと、深読みしてしまうとどこまでも落ちていきそうな歌詞がこのバンドを表している。
 「手紙」は、これぞ哀愁歌謡V系ロック! と喝采を送りたくなる楽曲だ。ここから歌詞も当て字が多くなり、(あまりこの言葉を使いたくないのだが)「世界観」というものを作り上げている。最後のクリーントーンが秀逸だ。
 続く「溺心」。「デキゴコロ」と読む。まさに歌謡曲を彷彿とさせるサウンドなのに、ここまでバンギャがノリやすいであろう構成にできるのはさすがである。間奏のギターソロが渋い。
 「熱帯夜」ではV系の真骨頂とも言える当て字多用、韻を踏みまくりの歌詞、そしてセクシーと卑猥のギリギリの境目で歌い上げられるボーカルが印象的だ。製品盤を手に入れた人間はおそらく、この歌詞カードに驚いただろう。ブレスの入れ方もしつこくなく、ラジオ・ボイスのエフェクトがワンナイト・ラブを盛り上げる。
 6曲目の「小雨撫子」はけぇの作曲であり、これが今回の新曲となる。他の楽曲とは違い、イントロからシンセが使用されている。〝水色な短調〟を<クールなメロディ>と読ませるなど、ここでもなおたのリリック・センスが発揮されている。ピアノが乗っているということはそれだけベースの力量が試される楽曲になるが、たくまの技量は楽曲の良さを下から支えている。
 ラスト・ナンバーは「帰夏」。こちらは<かえります、なつ>と読む。Bメロからサビへの流れが特にいい。

〝本日 夏祭り
君と過ごす夏休み
震える手を繋いで
二人は駆け出した
本日 正午過ぎ
神社の裏 神隠し
赤い唇 内緒話 林檎飴〟

このBメロの歌詞とリズムの良さに、くらくらしてしまった。
 そしてラストのフレーズは

〝もういいかい?
まだだよ
桔梗の花が 色づく頃に
此処でまた逢いましょう〟
(以上ふたつ「帰夏」/スィミー)

となっている。
 過去の楽曲が今約束を守り、そしてまた約束をして去っていく。


 これはけぇのツイートで知ったのだが、当日彼のTwitterにDMで、ファンの方がひとつの情報をもたらした。

 けぇの脱退日である8月28日。10年後の約束の日であった、『帰響』リリースの当日。

 この日の誕生花はなんと、「桔梗」であった。


 けぇもスィミーのメンバーも、この事実を知らなかった。「脱退日なんか狙えない」と本人も呟いている。桔梗の花言葉は「永遠の愛」や「誠実」であり、このバンドにはあまりにも相応しかった。

 10年の時を超え、約束は守られた。スィミーは多くの人に知られ、CDは思いもよらぬ反響により、予想よりも早いペースで売れている。何より驚いているのは本人たちと当時からのファンのようだ。まるで彼らの笑顔が見えるようである。

 彼らにとっても、スィミーを新たに知った人々にとっても、「10年後のあの夏」──2021年の8月──は特別なものとなった。

 ただ約束を守るために。


 その行動が、多くのリスナーの心を動かした。そして、今も彼らの響きを聴く人々を増やしているのだ。
  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい