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宮本浩次のナミダの行く先

努力をし続けた男のナミダは美しい

昨年の9月に宮本浩次の歌に出会ってから、ソロ名義の楽曲や1988年にエレファントカシマシとしてデビューしてからリリースされた楽曲、ライブ映像が私の生きる原動力になっている。

今、自分の人生を振り返って20代、30代、傾きかけた家業を再起させる為、親をサポートしながら私なりに精一杯、働いてきた。
気が付けば40代になっていた。友人達は自分の家庭を持っていた。
コロナ禍での自粛生活や自分を取り巻く環境の変化によって、
「私は一体、何をしてきたのだろう?自分の人生と向き合って歩んできたのだろうか?」
と考えるようになった。
そんな心情の時に出会った宮本浩次、エレファントカシマシの楽曲は衝撃的だった。

毎日、聴いていると同じ曲でも自分のその時々の心情によって心に刺さる歌詞が異なる。
それは宮本浩次が書く歌詞が、自分と向き合い、様々な感情を素直に表現し、人間味溢れ、日常に寄り添っているからなのだろう。

近頃はとりわけ2003年7月16日発売のエレファントカシマシのアルバム「俺の道」に収録されている「季節はずれの男」の歌詞が私を自問自答させる。

この楽曲について2003年 BRIDGE vol.38 summerのインタビューで、この歌の私小説的なリアルな歌詞を歌うことに抵抗はなかったか?の質問に宮本自身が「いやあ、だってもう、そんなこと言ってらんないっすよ。だってネタがないんですから」
「もう本当に自分と勝負しなきゃならなくなったから……ただこれ、ロマンがなさすぎるんですよね」と、答えている。

自分自身を「季節はずれの男」と表現し、内に秘めておきたいような心の葛藤をさらけ出し、生々しくも自分の置かれた状況を正直に歌詞にしている。

「季節はずれの男」と表現している意味合いは実際のところはわからないが、エレファントカシマシのヒット曲、「悲しみの果て」「今宵の月のように」を経て、新たなミュージシャンや多様なジャンルの曲がヒットチャートに入っている中で、新たなチャレンジも試み、変化をしながらも、エレファントカシマシの音楽を貫き通したい。
そんな様々な心の葛藤と現状を打破したいとの思いが歌詞に表れているように思った。
歌詞にもまるで自分を鼓舞させるかのように「俺は勝つ」という言葉を2回使用している。
「季節はずれの男」の歌詞の中で、特にこれらの歌詞が私の心に突き刺さる。


「 おのれに言い訳するな ダサいぜ 季節はずれの男よ ひとり歩め 」
「 努力を忘れた男のナミダは汚い 」
「 年月が滲む 怠け者 季節はずれの男よ ひとり歩め 」
「 ライバルで無き友よ さらば 」


この歌詞を自分に重ねてみた。
私も客観的にみれば「季節はずれの女」になのだろう。適齢期も過ぎた独身女性は一般的には行き遅れた女かもしれない。ただ、そんな事を嘆いている訳ではない。
ダサイ言い訳をして自分と向き合わず、変えようと努力しなかった結果が今の自分自身である。
自分でもわかっていた。ずっと向き合うことから逃げてきた。
この曲は自分の弱い部分を痛切させる。

この曲を聴き、歌詞を読み、カタカナで書かれた「ナミダ」が妙に気になった。
宮本浩次の歌詞には「涙」が使われている楽曲は多い。
数多くの楽曲の中で「涙」ではなく、「ナミダ」が使われている曲は数えるほどだ。
その中でも「優しい川」「太陽ギラギラ」の2曲は印象深い。

1988年11月21日発売のエレファントカシマシ2ndアルバム:THE ELEPHANT KASHIMASHIⅡの1曲目に収録されている「優しい川」

「強がるうしろから ちらりのぞいたら
 ナミダの顔が見える ナミダの顔が」

この曲について、「20歳の頃に作った時はブラックホールの中に落ちていく感覚があった」とインタビューで話している。

同アルバムに、もう1曲「ナミダ」が使われている楽曲「太陽ギラギラ」

「 太陽ギラギラ ビルの谷間 働く人たち せわしげに
  あそこを見てみろ 一人の男 首をうなだれて ナミダ顔 」

「 ふと ふりかえると彼はいない 太陽ギラギラ ビルの谷間
  みんなといっしょに歩いたら あれは夢だと 気がついた 」

この曲はうなだれてナミダ顔の男性の姿を白昼夢のように自分自身に見えたのだろうか。

「涙」と「ナミダ」の使い分けの本意はわからないが、歌詞に書いている「涙」は宮本自身が実際に涙したことが表現され、「ナミダ」は涙を流す場面や姿を想像した時のことのように感じた。
もがき苦しみ、自分を叱咤激励し歩みを続けてきた宮本浩次の「ナミダ」がどう変化したのか。


2020年9月16日にソロ名義でリリースされた「 P.S. I love you 」

「 例えば若き日の夢が 悲しみと交差するとき その時から人のナミダが 希望を語りはじめるのさ 」

「 悲しみの歴史それが 人の歴史だとしても ああ ひとつぶのナミダのその向こうに きみの笑顔を見つけた 」

「 立ち上がれ がんばろぜ 」


「季節はずれの男」のように自分自身を鼓舞する歌詞を書いた宮本浩次が、悲しみや嘆き、思い描いている夢へと向かう過程で、回り道をしたり立ち止まったりと紆余曲折した年月を経て今、肯定的な言葉やナミダのその先が希望に繋がる言葉に変わっていた。
「一緒にがんばろうぜ」と背中を押してくれるような、人を応援する歌詞へと変化していた。
色んな葛藤も受け入れ、そんな自分を愛してやろうぜとでも言わんばかりの「愛してる」と「I love you」の歌詞がとても温かく感じる。
彼の書く歌詞が温かく感じるのは、人として強さも弱さも儚さも知っているからだろう。
そして人として深い根っこの部分が繊細で優しく、大きな愛を感じる。

宮本浩次の歌と出会って、私は「自分を変えたい」と思うようになった。
学ぶこと、新たな人と出会うこと、新しい場所へ出かけること、自分の心をオープンにし、謙虚さを忘れず、前向きな考え方をする。
時に立ち止まる事もあるだろう。でもまた前へと歩き出す自分でありたい。
そしていつしか「魅力的な人」だと思ってもらえるような女性になりたいと思うようになった。


時折、ライブ音源やライブ映像の中で、彼が涙を流して唄っている。
その姿がとても印象的で、私はその姿を「美しい」と思う。

「努力を忘れた男のナミダは汚い」と歌っていた宮本浩次が、努力をし続けてきて、今もまた新たな挑戦をしている。
そんな彼が涙を流して唄う姿はとても美しく心打たれる。

そんな事を思っていた時、今年2021年6月12日に東京ガーデンシアターで開催されたバースデーライブ「宮本浩次縦横無尽」で、涙を堪えてるように感じる場面を目にした。
トレードマークの黒スーツではなく、白スーツ姿で「悲しみの果て」を唄っていた時、前曲の「冬の花」の演出で降り注いだハート型の紙吹雪を拾い上げ、自ら両頬に引っ付けて唄っていた。
よく見ると彼の瞳は潤んだ目をしていた。
まるで涙が流れる感情を紛らわせるかのように紙吹雪を顔に引っ付け、振り払う仕草。
その時の彼の心情はわからないが、涙を堪えた姿、壮大で圧巻な歌声で「悲しみの果て」を唄いきった姿に、自分自身の歌手人生の集大成としての思いと、自分の歌をきちんと歌いきって届けたいという強い気持ちが伝わってきた。

これからも色んなものを背負いながら続く宮本浩次の音楽人生、ナミダの行く先の変化を私は見届けたいと思う。
そして私もこれからの人生、エレファントカシマシが創り出すメロディ、宮本浩次が創り出す歌詞と共に、自分自身ときちんと向き合いながら歩いていきたい。
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